「仮面の笑みと、消えた気配」
放課後の学園中庭。花壇の手入れをする生徒たちの向こうで、ミレーヌ・グレイスはエリオットの方へと迷いなく歩いてきた。
その足取りには淑やかさと、確かな目的が宿っている。
「ノイシュタットさん。ちょっと、いいかしら?」
その声に、周囲の空気がわずかに変わる。エリオットはベンチに座ったまま、少し目を細めた。
「また昼寝を妨害されるとは、今日は不運な星の巡りかな」
「冗談はいいから」
ミレーヌは腰を下ろさず、立ったまま彼を見下ろした。彼女の瞳の奥には、揺らがぬ確信と、ほんのわずかな“違和感”が潜んでいた。
「ねえ。先週、あなたの周りにいた男子……確か“ナッシュ”という子。最近、ぱったり姿を見かけないの」
「ナッシュ……?」
エリオットはゆっくりと首を傾げる。目元に浮かぶのは、曖昧な記憶を探るような表情。
「その名前、聞き覚えはあるけど……誰だったかな。ああ、でもよくあるんだよね。中退とか。貴族の家は急に呼び戻されることもあるし」
ミレーヌは黙っていた。視線だけで彼を“試す”ように見つめている。
その視線は、王家の婚約者としての監視であり、聖女候補としての直感でもあった。
そしてエリオットは、わずかに笑った。
「人って、不思議なものでね。何かを“知りかけた”とき、一番勘が鋭くなる。だけど、その勘が命取りになることもある」
「……脅し?」
「まさか。僕は無能で有名な三男坊。誰かを脅すほどの権限も、力もないよ」
笑顔のまま、仮面を微塵も崩さずに。
だがその裏では、エリオットの脳裏にすでに“次の判断”が浮かび上がっていた。
(彼女は確かに何かを感じ取っている。だが、それを確信に変えるには、あと一歩……)
ミレーヌが踵を返すとき、彼女は小さく呟いた。
「“消える”って、怖いのね。……気配が消えるってことが、どういう意味か、考えさせられるわ」
その背中を見送りながら、エリオットは内心でひとつだけ呟いた。
(――次は、こっちが“観察”する番だ)




