「観察と予備動作」
夜の静けさが、まるで帳のように学園を包んでいた。
エリオットは、寮の自室で一冊の厚い書類を読んでいた。内容は――王都の教団施設と貴族議会の動きに関する“水面下の接触”リスト。そこにミレーヌ・グレイスの名が複数回登場していた。
そのいずれもが、“公には語れない関係者”との面談記録。
神殿高官、亡命貴族、改革派思想家。
彼女は明らかに“何かを仕掛けている”。
「……この精度。やはり、ただの令嬢じゃないな」
紙を伏せ、エリオットは椅子にもたれた。
昼間の彼女の表情を思い出す。ナッシュの名を出し、探るように視線を向けてきた。
あの一瞬、仮面越しにぶつかり合った“無言の問い”。
(《影の手》の存在を明確に察知してはいない。だが――“消えた気配”が彼女の勘に火をつけた)
エリオットは、机の引き出しから封筒を取り出す。そこにはすでに一枚の書類が用意されていた。
表紙には、《警戒指定:ミレーヌ・グレイス》の文字。
まだ“排除”の対象ではない。だが――一歩踏み外せば、処理は即座に執行される。
クロエが部屋に現れたのは、その直後だった。制服のまま無言で入り、封筒を見てわずかに眉を動かす。
「ついに彼女も、赤に片足を突っ込んだ?」
「まだ“黄”だ。だが、バランスが崩れれば一気に落ちる」
クロエは何も言わずに頷いた。
そして彼女が持参した報告書には、さらにひとつの懸念が記されていた。
「……グレイス家周辺で、“別の勢力”が動いています。私兵とは思えない特殊な動き。影の部署をかすめるように、調査情報が吸い取られてる」
その言葉に、エリオットの目が静かに細まる。
「ミレーヌ自身が仕掛け人か、あるいは……利用されているか」
紙を手に取り、指先で弾く。
「次は、“裏の彼女”を見せてもらおうか」




