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「誰かのため、ではない」

深夜の廊下を抜け、エリオットはひとり寮へと戻っていた。足音は絨毯に吸い込まれ、廊下のランプは彼の影を細く揺らす。


 部屋に戻ると、窓辺にクロエの気配があった。彼女はいつものように気配を抑えて立っていたが、エリオットがドアを開けた瞬間に気づいたようだった。


「……終わったのですね」


「うん。静かだったよ。彼は最後まで、“理解しようとしていた”」


 エリオットは上着を脱ぎ、椅子にかける。その動きに重さはないが、どこか感情を“切って”いるようでもあった。


「彼に情はありましたか?」


 クロエの問いは、柔らかいが、深く突き刺さる。


 エリオットは少しだけ考えたあと、カップに紅茶を注ぎながら答えた。


「……少しは、あったかもしれない。でも、それは“選択”には関係ない」


「正しさのために、人を殺せる。あなたは本当に――」


 言いかけた言葉を、クロエは呑み込んだ。


 エリオットは微かに笑った。悲しくも、誇らしくもない、無色透明の笑み。


「僕はね、“誰かを救いたくて”この仕事をしてるんじゃないよ」


 カップの縁を指でなぞりながら、彼は静かに続ける。


「守ってるのは、人じゃない。“秩序”という形だけだ。僕の感情なんて、そこには不要なんだ」


 窓の外には月が浮かんでいた。

 その光の下、エリオットの瞳には、何も映っていなかった。

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