第16話「少しずつ、近づいて」
少しずつ、近づいていく気持ち。
何気ないやりとりの中に、確かな温度が宿っていく──。
秋の空の下、静かに変わりゆく二人の関係を描きます。
あれから数日。
涼也と結衣の関係は、少しずつ──でも確実に変わっていた。
一緒に過ごす時間が自然と増え、言葉にもあたたかさがにじむ。
些細なことも、互いを意識してしまう。そんな感情が、静かに芽吹いていた。
ある日の昼休み。
結衣が一人でランチに向かおうとしたそのとき、涼也が小さく声をかけた。
「結衣ちゃん、ちょっと待って」
振り返ると、彼の手には小さな紙袋。
「これ、よかったら」
中身は、結衣が前に「気になってる」と言っていたカフェの限定スイーツだった。
「……わぁ、これ! ずっと食べたかったの」
目を輝かせる結衣の笑顔に、涼也の表情がふっと和らぐ。
「気に入ってもらえてよかった。……ちょっとでも、喜んでくれるなら嬉しいな」
少し照れたようにそう言う涼也を、結衣は優しく見つめた。
「ありがとう、涼ちゃん」
その一言に、涼也の胸が温かくなる。
誰かの“嬉しい”の理由になれることが、こんなにも嬉しいなんて。
*
結衣の笑顔を見るたびに思う。
自分にできることなんて、ほんとに小さなことばかりかもしれない。
けれど、それでも――彼女が笑ってくれるなら、もっとしてあげたくなる。
少しずつ、でも確実に近づいている。この気持ちも、彼女との距離も。
*
その後2人は、自然な流れでランチを共にし、他愛ない会話を交わした。
言葉は少なめでも、心は不思議と満たされていく。
そして夕方。
帰り道で、涼也が少しだけ照れくさそうに口を開いた。
「結衣ちゃん、今日は ありがとう。……楽しかった」
結衣は、ふわりと笑い返す。
「うん、私も。……また今度、行こうね。涼ちゃん」
柔らかな空気を残して、2人は別れた。
*
*涼ちゃんって、自然に呼べた。
優しい声、まっすぐな目。私には、もったいないくらいの人かもしれない。
でも、嬉しかったな。
こんな時間が、もっと続いたらいいのに。
……少しずつでいい。ちゃんと向き合っていけたら、きっと。*
お忙しい中、読んでいただきありがとうございました!