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開戦は、スピネルの予想通り五日後だった。
軍議で報告していた通り、タシャ渓谷森林部を一望できる丘の上に拠点は設けられた。
丘の上にあった巨岩の裏を繰り抜いて出来た空洞に、騎士たちの簡易な寝床から武器庫まで様々揃っている。
更に、隠匿の白術によって入口を隠し、安全に転移陣を利用できる環境が確保されている。
(短期間でここまで準備できるのか……)
到着してすぐ、アドラは開戦の挨拶が始まるまで、拠点内を少しだけ見て回った。
スピネルや将軍ジェンドリ率いる隊は既に詰めており、開戦の挨拶のためぞろぞろと入口付近に集まり始めている。
「ふぅ……タシャの腰抜け共め、興が削がれるわ」
黄金の鎧を着込んだジェンドリは、更に巨大になった印象だ。他国の魔術師が使うゴーレムのようだともアドラは思う。
手には巨大な戦斧。鎧と同じく金色で、刃は人の頭くらい簡単にかち割ってしまいそうだ。
(何だ……? あの斧は)
単純な威圧感もあるが、その中に不穏な気配が混じっている。
何らかの白術が仕込まれているのではないかと、アドラは嗅ぎ取った。
「ご安心を、我らは何人たりとも逃がしません」
「よろしい」
恐らくタシャ側が目指す目標は、人と自然の被害を最小限に抑え、国を生き長らえさせる事。
今回の準備期間で、妨害行為が殆ど無かったからと報告が上がって来ており、エステリアからの侵略を防げすとも、いつかここへ戻って来るための準備を優先したのだろうと推察できる。
(自然には手心を……など甘い事は考えないだろうな)
ジェンドリはともかく敵を殺す事しか考えていなさそうだが、スピネルは全く読めなかった。
むしろ渓流を壊して敵を追い込める事ができるなら、すぐにでも手を出しているだろう。
実際カデンスは周辺一帯の森林を含め、全て焼いている。
(そうしないのは様々な、これから始まる復讐計画を含めての効率を考えての事……)
別に人命や国の未来などはどうでも良さそうだ。
アドラはフンと鼻を鳴らし、ジェンドリによる開戦の挨拶を待った。
「おほん、我が優秀なる騎士たちにより、タシャ国の滅びの日が迎えられる事を、心から嬉しく思う」
規則正しく隊ごとに整列する騎士たちを一度見渡し、ジェンドリは戦斧の石突を地面に叩きつけ、打ち鳴らした。
その音の波に、アドラは鳥肌が立った。
(微かだが、白術が混ざっている……?)
特に強化や鼓舞といった効果があるわけではなく、騎士たちは平然としている。
嫌な心地ではあったが、アドラにも何も起こっていない。
「全てを蹂躙しろ。血の嵐を吹かせろ。勝利の旗を骸の山に建ててこい」
――だが、スピネルは違った。
演説を進めるジェンドリの後ろで額を抑え、俯いている。
(アイツ、苦しんでいるのか……?)
白術が混ぜられた毒による激痛の中でも揺らがなかった救国騎士の微笑みが、完全に消えている。
目を瞑り、態度に出さないよう堪えているが、途中から口元を手で覆っていた。
苦悶の声こそ抑えているが、手から鼻血がぽたぽたと零れてしまっている。
(戦斧のせいか? それにしたってどうして)
ジェンドリから残虐な指示が紡がれる度に、スピネルの頭の中に雷が落ちているかのようだ。
ぴくり、ぴくりと痙攣しながら、痛みに抗っている。
この異様さに誰も気付かないのか、それともいつもの事なのか、騎士たちは皆ジェンドリの話を聞き入っている。
「吾輩は特等席で見守っている。後は頼んだぞ」
挨拶の終わりで、スピネルの手が口から離れた。
鼻血を拭い去り、口元は避けそうなほどつり上がっている。開かれた緋色の瞳には怪しく揺れる炎が宿る。
思わず慄いてしまう程の殺気を放ちながら、スピネルは剣を抜いた。
(調整……制限……)
アドラの中で、引っ掛かりを覚えたスピネルの言葉が浮かんでくる。
今、目の当たりにしたのが、答えの一端なのだろう。
(強化とは違う、強制的な暗示のようなものか……?)
戦場での残虐行為を滞りなく、取り乱す事なく行えるようにする感情の制御。不都合な事は口に出せなくするなどの抑圧。
ある程度の意識と知能は残され、自立的に敵を滅ぼせるようにと、戦いの度に救国騎士へ施されるものなのだろう。
(嫌な予感がしたのは、アイツの血のせいか)
先程の音に乗った微細な白術は、スピネルのみ反応するものなのだろう。
騎士たちの反応を見るに、今はそうとしか考えつかなかった。
身体の内に流れ続けるスピネルの血と祝福が、あの戦斧が放つ白術に対して警鐘を鳴らしたのだ。
「第一小隊は西側森林内、第二小隊は拠点付近に身を隠し待機。第三、第四部隊は陣形を組み私に続け」
「はっ!」
スピネルが先陣を切って転移陣へ飛び込み、その後を次々と騎士たちが続いていく。
呼ばれなかった騎士たちも速やかに入口から出発し、残されたのは将軍と、その護衛数名とアドラのみとなった。
「むふふ……さて、我々も向かおうか。大巡司殿もついて来るかね」
この後のアドラの業務は、主に怪我人の治療だ。
戦闘が始まったばかりの状態で怪我人はおらず、薬の作り置きなど細々とした作業も既に済んでいる。
「……よろしければ」
将軍ジェンドリの傍で、自分の作戦を遂行するために。
護衛の騎士が小さな転移陣を起動させ、意気揚々とジェンドリが入っていく。
その後に、アドラは続いた。




