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2-9

 景色はすぐさま別の丘の上に変わった。

 タシャ渓谷の清涼な風が面布を揺らし、アドラは目を細める。


(綺麗な景色だ……)


 青々とした森と、美しく煌めきながら流れゆく川。

 カデンスにいた時も、遠くから眺めては生命力に溢れ勇壮な景色を眺めて、ほっと一息つくのが好きだった。

 

 ――やはり、ここが戦争の舞台になってしまうのは辛い。


 木々を伐採し、主戦場として設えられた辺りから、鬨の声や断末魔が聞こえて来る。

 矢や投石機の岩が飛んでくる可能性もあるが、護衛の者たちが防護壁の魔法具を張り巡らせ、備えていた。


「おぉっ! もう始まっておるな!」


 更に準備されていた豪華なソファに腰かけ、ジェンドリはまるで大道芸の公演を見ているかのようにはしゃいだ。

 勝ち目が無いとわかっていながらも、誰かが生き残ればそれで良い。恐れながらも立ち向かう事を止めないタシャの兵士たちを嘲笑うかのように、エステリアの騎士たちは圧倒的な力で薙ぎ払っていく。


「おほっ、ほほほほ! 見給え! 敵が剣風で木っ端みじんに吹き飛んだぞ!」


 救国騎士は、その中で特に目覚ましい活躍を見せていた。

 微笑みを浮かべながら合理的に傷つけ、命を奪い、恐怖を植え付けていく。


(あれは、国を救う存在などではない……)


 災害のようだと、アドラは思う。

 一歩間違えればエステリアにも被害が及ぶ。それ故に手綱がありそれを握る飼い主がいる。


「はー……胸がすくようだ。これだよこれぇ……これこそ自ら戦場に行く価値だぁ!」


 飼い主であるジェンドリは、圧倒的な力で蹂躙される敵に快感を見出しており、良心は無いに等しい。

 敵の事を同じ人間として見ていないようだ。

 

(……さて、吐き気はするが、今はまだ味方でいなければ)


 アドラは背後の茂みへ視線を送り――。


「縛り、跪け」

『ギャッ⁉︎』


 素早く白術を放った。

 その後投げナイフが飛んでくるも軽くかわし、茂みに潜む者たちへ飛び掛かる。


「な、何なのだ⁉︎」

「タシャの斥候のようです。少々お待ちを」


 潜んでいたのは2人。腕にはタシャ国特有の文様が刻まれている。

 ジェンドリが到着するずっと前からこの辺りに潜伏し、防護壁の中に入り込んだのだろう。


 (本来は、投石機の着弾個所を決定するための中継役だな?)


 彼らがから押収した道具の中に、特殊な発煙筒や地図といった合図を送るための道具があった。

 だが、アドラはあくまで「斥候」として白術で捕縛した兵士たちをジェンドリの前へ転がす。


「おぉ、敵を捕らえたか! でかしたぞ大巡司殿!」

『許してっ! 許してくれぇ!』

『オレの責任だから、こいつだけはどうか……!』


 命乞いをされるも、アドラはゆっくりと首を振る。

 彼らは、運が悪かった。

 護衛はスピネルから訓練を施されたエステリアの騎士であり、他国の騎士よりもずっと戦闘慣れしている。奇襲の対応も得意だ。

 更に言えばジェンドリは全身に鎧を纏っており、矢やナイフ程度ではびくともしない。

 毒でもあれば何か変わったかもしれないが、彼らの装備は実に貧弱だった。

 奇襲が成功する見込みなど、最初から無かったのだ。


『堪えてみせろ』


 アドラはそれだけ耳打ちして、ある白術を二人にかけて、ジェンドリの側へ戻った。


「むふふふ……では、ちょっとした余興を見せてもらおう」


 ツンと立った髭の先をねじりながら、ジェンドリは醜悪な笑みを浮かべた。

 トンと石突を地面を叩けば、敵兵二人の身体がビクリと不自然に跳ねる。


(救国騎士でなくとも洗脳は使えるのか……⁉︎)


 身体の操作権を奪われたらしい二人は、首から上だけをきょろきょろと動かしている。


「さて、大巡司殿は彼らの言語もわかるようだから、次の言葉を伝えてくれ」


 驚きを隠しつつ、アドラは首肯した。

 それと同時に敵兵たちの目の前にナイフが二本投げ渡される。


「殺し合え。生き残った一人は逃がしてやる」

『殺し合え、生き残った一人を見逃す……』

「少しでもこちらへ歯向かった瞬間、どちらも死ぬと思え」

『少しでもこちらへ攻撃の意志が見られた場合、どちらも生き残れない』


 少しずつ言葉を変え、アドラは伝えた。

 ジェンドリや護衛の目をごまかし、二人を生かして帰すのは難しい。

 偽装に使える幻覚の白術は時間をかけた仕込が必要なため、現実的ではない。


(どちらかの、根性次第だ……)

 

 アドラは白術の拘束を解いた。操られるまま敵兵二人はナイフを拾い――。


『か、からだが、勝手に……』

『嫌だっ……やめ、やめてくれぇ!』


 悲痛な叫び声を上げながら、殺し合いを始めた。

 操るのは身体の意思だけらしく、実力は相手の命を助けるように言った黒髪の兵士の方が上だった。


「いいぞぉいいぞぉ! もっとやり合え、脚を狙うのだ」

『ああああ⁉︎』


 恐怖でぐちゃぐちゃの顔になっている茶髪の方の腕があり得ない方向へと曲がり、黒髪の太腿にナイフが刺さった。

 うろたえている内に、がら空きになった懐へ黒髪のナイフがズブリと沈む。


『う……ぐぷっ……』

『止まれ、よ……止まれっ……! 腕を、切り落としてくれぇ!』


 ショックで弛緩した茶髪の身体に、何度も何度もナイフが突き立てられる。

 血の噴水が上がる様に、ジェンドリは今日一番の笑顔を浮かべ、拍手を送った。


「はぁ、はぁー……良い。非常に良いものを見たぁ」


 感動冷めやらぬ中、ジェンドリは再び石突を鳴らす。

 返り血を浴び、脚を引きずりながら、黒髪の兵士は強制的に走り去っていく。

 最悪の形だが、一人は逃してやるという約束を履行したのだ。

 痛みと意思を無視して足は止まらず、黒髪の憎悪の叫びが響き渡る。


「……さて、構えよ」


 護衛の一人がジェンドリの意向を汲み弓を構えた。遠ざかっていく背に狙いを定めさせるが――。


「爆ぜて消えよ」

「ギャッ!」


 それよりも先にアドラの白術が炸裂した。

 黒髪の兵士は消し飛び、同時に血を噴いて倒れていた茶髪の兵士も光と共に爆散し、跡には衝撃で空いた穴しか残らなかった。


「ば、爆発しただと……?」

「その方が、楽しめるかと」


 アドラは自分の心を押し殺し、言葉を選んだ。


「おっほほほぅ! 大巡司殿も中々趣味が良い!」


 更に上機嫌になったジェンドリは、再び拍手した。

 ぽっと出の高僧と侮っていた者が中々のやり手であり、気が合いそうと来た。ジェンドリはむっちりとした頬肉を満足気に吊り上げる。


「少々気になる事がありますため、見回りをして来てもよろしいですか?」

「護衛はいらんか?」

「はい。お手を煩わせる事無く済ませてきます」

「よろしい。好きに見て来るといい。また良さげな斥候がいたら連れてきてくれ」

「承知いたしました」

 

 将軍たちが高みの見物をしている間に、アドラは急ぎ丘の下へと急ぐ。

 切り立った斜面を滑り降り、飛び移り、獣道を抜けた先、小さな洞窟へと入っていった。

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