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2−6

 指定された場所は急流に程近い洞穴。

 この一帯は広く砂利道が広がっており、視界が開けている。

 露営に適した洞穴も確認されており、拠点候補として挙がっていたが、待ち伏せの危険性が高いとされて却下されていた。


「本当に最小限のもので良いのだが」

「で、ですが」

「良いではないか。掃討用なのだろう?」


 うろたえる騎士たちを制したのは今まで黙って聞いているだけだったジェンドリだ。


「その通りです。前線から運よく逃げ果せた者たちは、この急流に紛れて下流にある農村へ向かうでしょう」

「小賢しい逃げの一手など打たせるな。全て殺せ。敵は根絶やしにしてこそエステリアの栄光に繋がる」


 異様な圧に、アドラは一瞬身構えてしまった。

 ジェンドリの口元は三日月のようにつり上がっている。彼の興奮に合わせて握られた椅子のアームレストが、ミシリミシリと嫌な音を立て、圧縮に耐えきれ得ずバキリと弾けた。


「しょ、承知致しました。諜報隊に通達します」

「むふふふ……あの美しい渓流が敵の血で真っ赤に染まるのが楽しみだ」


 エステリア騎士団将軍の、一番の適任者。

 その意味を、アドラは悟った。


 敵が惨めに死に絶える事を愉悦に感じ、至上として、迷うことなく選択することができる。


(成程、最悪だ)


 カデンスへの侵攻も、ジェンドリの意向が絡んでいたのだろう。

 スピネルの説明が、朧気にしか聞こえなくなってくる。唇を噛み締めすぎて血の味がしてきたが、こうでもしないとアドラはジェンドリへ殴り掛かってしまいそうだった。


「では、各自仕事へ向かってくれ。勝利はエステリアにあり」

「ハッ!」


 ジェンドリの意向通り、会議は速やかに解散となった。

 誰よりも早く駆け足でジェンドリは去っていき、その後に忙しい騎士たちが続く。

 アドラとスピネルの二人だけになったところで、会議室のドアが一人でに閉じ、鍵がかけられた。


 会話を切り出そうとするも、唐突にスピネルに面布を捲られ、遮られてしまった。

 そのままスピネルは治りかけている唇の傷にそっと触れ――。


「唇噛み切っちゃったのか」


 アドラの口元に残っていた血を、舐めとった。


「やめろ! 色悪い!」

「酷いなぁ……でも、そこまで将軍殿に怒ってくれたのなら、好都合だよ」


 顎をかち割ってやろうと拳を振るうも、スピネルはいとも簡単に掌で受け止めてしまう。


「……今回の戦いで将軍ジェンドリを討つ」


 これが第一の復讐だと、スピネルは淡々と宣言した。


(行き過ぎた残虐行為を抑えるためなら大歓迎だが……そうではないだろうな)


 人心がわからないスピネルの事だから、それが第一ではないだろう。

 ジェンドリ殺害とエステリアへの復讐が、アドラの中ではまだ結びつかない。


「大貴族を刺激して、聖樹教や王族を引っ掻き回すのか?」

「それもあるけど、一番の理由ではないよ」


 大貴族は、王族に次ぐ権力を持つ者たちだ。

 家ごとに様々な特色があるが、一族が丁重に扱われない事を何よりも嫌う事は共通している。

 もしも戦いでジェンドリが死ねば、愛する息子を預けていた大聖堂と騎士団へ猛烈な責任追及がかかるだろう。

 将軍に相応しいとお墨付きを送った国王へも、多かれ少なかれ火の粉が飛ぶ。

 最悪の場合、内乱まで発展する可能性もある。


「ただ彼は、最初に殺さなければならない。それだけは絶対だ」

「理由は?」

「……語れないんだ。制限をかけられている」

「制限?」

「戦場に行けばわかるよ」


 忘れていた違和感がまた過るが、スピネルはそれ以上の言及を許さず、アドラの耳へ囁く。


「キミにやってほしい事は一つだけだ。ジェンドリを怒らせ、渓流の簡易拠点付近へおびき出す……簡単だろ?」

「全く簡単ではないが?」


 全盛期よりは明らかに衰えていそうだが、馬鹿力は健在だった。正面切っての戦闘になり、万が一捕まりでもすれば首の骨を折られて終わる。

 逃げ回るだけならまだ簡単だろうが、それを他の騎士たちの目がある戦場でやらなければならない。


「だけどキミだって鍛えてるし、丁度不死身の祝福もある」


 多少無茶をしたって平気だろうと、スピネルは平然と言ってのけた。


「それさえやってくれれば、後は勝手に動いて良いよ。敵を見逃すも、助けるも……」

「……っ」


 言いなりになるのは癪だが、背に腹は代えられない。

 実戦までに何とか円滑にお願いを達成する道筋をつけようと考えつつ、何か抜け道もないか探そうとするが――。


「あぁでも、勝手にするのも制限時間があるから忘れないでね」


 目の前にワキアのナイフがぶら下げられ、中の解毒剤がかち合い鈴のように鳴る。


「ちょうど作戦終わる頃に切れちゃうから」

「は……?」

()()()()()()って、伝えたよ?」


 解毒剤は定期的な接種が必要。その事が頭からすっかり抜けていたアドラは、目を見開き固まってしまった。

 慌ててワキアのナイフを奪おうとするも、スピネルはすぐに鎧の内側へしまい込んでしまう。


「ふふっ、開戦まであと五日ってところかな。それまでしっかり準備してきてね」


 騎士たちが優秀だったら、もっと早まるかも。

 少年のように笑い、スピネルは防音を解き、会議室の鍵を開けた。


「……この地図、持って行くぞ」

「どうぞ」


 黒板に張られたままだった地図をふんだくる様に回収し、アドラはその場を後にした。

 

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