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「離せ。いらぬ噂をこれ以上立てられたくない」
「つれないなぁ」
騎士棟は中庭の隅にある訓練場と併設されており、ここから歩けばすぐだ。
その距離だとしても、礼拝堂の表にはリラエン待ちの長蛇の列が控えており、かなりの人数に救国騎士と手を繋いでいる様を見られる羽目になる。
「じゃあこのまま転移しよう」
「は? そんな事って」
「できるんだなぁ」
転移の白術は、ともかく莫大な魔力を消費する。距離と質量によって消費量は更に加算され、移動後は最悪数日寝込む事もある。その上、コントロールが難しい。本来は出発点と到着点に転移用の魔法機を配置して、莫大な魔力を外部から確保して行うものだ。
白術の達人であるアドラですら自力で転移するのは数歩先で限界であり、それ以上は消耗が激しくてとても使えない。
「私は救国騎士だからね」
それ程難しい白術を、スピネルは何てことないように使ってみせた。
瞬きの瞬間に視界が武骨な石作りの屋内に変わっており、アドラは唖然とする。
「これくらいできないとって、調整されたんだよ」
(……調整?)
「エステリアの敵を全て倒すのなら、人を超えないとってね」
スピネルの横顔は、いつも通り凛々しい。だが、アドラの中でじんわりと違和感が広がっていく。
人外じみた評判や噂は常々聞いてきたし、目の当たりにして来たが、この言い回しに何故か引っかかるものがあったのだ。
「皆を待たせているから急ごう」
だが、問いかける前にスピネルは歩き出し、物凄い勢いで引っ張られてしまった。
足がもつれかけるも、抱き上げられる前に立て直し、速足で追従する。
その後の会話はなく、ただただ長い廊下の突き当りにある大会議室に入った。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。作戦会議前に顔見せを行おうと思いまして」
既に隊を率いる予定の騎士たちは詰めていた。
「全くだ。手短に頼むぞ……今日は良い公演があるんだ。間に合わなくなる」
「かしこまりました」
そして、議席の中央にある一番豪華な椅子には、エステリア騎士団を率いる【将軍】ジェンドリ・フィフ・ヴルシアが着席していた。
厚ぼったい顔貌に碇のような形に整えた髭が貼り付き、呼吸の度にしゅーしゅーと微かに音が聞こえて来る。大聖堂でも騎士棟でも浮いてる貴族風の服はパンパンに膨れ上がり、今にもボタンがはちきれそうだ。
(……本当に、将軍かどうか疑わしいな)
かつては武闘大会で何度も優勝を果たす程の猛者だったが、今や見る影もない。自慢の巨躯も、贅肉だらけになってしまっている。
長らくエステリア王家に仕えてきた大貴族の一員という事だけで、未だに将軍職に居座ってるという印象だ。
それでもエステリア騎士団の将軍は彼が一番の適任者だと、国王からお墨付きを貰っている人物であり、そう言わしめる何かあるのだろうとアドラは警戒する。
「此度の作戦に大巡司アドラ殿が従軍してくれる運びとなりました」
スピネルは早速将軍と騎士たちへアドラの紹介をはじめると、主に騎士たちから「おぉ!」と歓声が上がった。
「彼は慈善隊での実績がある。最前線での医療業務の他に、必要とあれば各種儀礼を執り行ってもらう予定です」
「これは、皆の士気が上がりますな」
平時の生活と紐づいている礼拝が戦地でも出来るのは大変ありがたい事だと、隊長の一人が頷いている。他の騎士たちも肯定的な反応だ。
救国騎士のおかげで負ける事は殆ど無くとも、その作戦は常に過酷だ。
心の拠り所として礼拝や相談の場があれば、精神面の仕切り直しもしやすい。
「で、ぽっと出の大巡司殿は、お前の情婦も兼ねてるのかね?」
しかし、ジェンドリの質問に場の空気が凍った。
大聖堂内の噂の回りは早い。ちらちらと好奇の視線がアドラとスピネルに刺さりるが、スピネルは全く動じない。
「いいえ。戦場にそのようなものは不要です。彼が優秀だからこそ依頼をしたまでです。
昨日の件も、この戦いへの参加打診を直々に行おうと思っての事でした」
「……よろしい。風紀を乱すような事などあってはならんぞ」
「心得ております」
欲しい答えを得たジェンドリは、フンと荒く鼻息を吐いた。
スピネルは黒板に張り付けられた地図の前へ立ち、これ以上の言及の隙を与えず、すぐに作戦会議を開始した。
(流石は救国騎士、無駄がない作戦だ)
作戦会議は滞りなく進む。基本的には皆、スピネルが提唱する作戦に賛成している。
時折質問が飛ぶが、スピネルは淀みなく的確に答えていく。
「さて、次は現状報告を」
「タシャ王国侵攻は順調です。シグザパルの分隊がタシャの渓谷の丘に拠点を設置した模様。シグザパル首都からの資材運搬隊を確認済みです」
騎士の一人から、諜報部隊の報告書が読み上げられた。
今回の主な戦場は敵地の渓谷。傾斜と高低差で不安定な地面に森林、河川、洞窟といった要素が組み合わさって来る。
基本的には白兵戦になると予想されるが、そこへシグザパルから補給された大型兵器も導入される可能性がある。
「我らの拠点はこの丘に。死角側を少しくりぬき利用します。補給経路は確保済です」
「よろしい。哨戒は引き続き行っておくように」
「はっ!」
待ち伏せ対策も含めて抜かりなく、スピネルが前もって考えていた通り騎士たちは行動を進めていた。
救国騎士の考えを学び取った彼らは、相手の地の利などものともせず、ただ合理的に敵を屠るべく最善手を打っている。
スピネルは満足そうな反応を見せつつも、地図上のある一点へ、追加でバツを描いた。
「……このあたりに、簡易拠点を増やしたい」
「そ、それは、一体何故……」




