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第7話 今日は教わりました

王都に入る頃には、もう夕方になっていた。


「街に入るのって、結構並ぶんですね…」

「身分を証明しないといけないからね。君も転生者証が切れる前に、ちゃんと神殿か市政局に行くんだよ」


市政局ってどこにあるのかと思っていたら、冒険者ギルドと同じ建物らしい。行かないわけだ。

でも、住民登録ってなんだかドキドキする。一時的な存在から、町に根を下ろす感じがして感慨深い。

まるでこの世界に自分の場所ができるみたいだ。

その日は宿屋に直行して、夕食もそこそこに布団へ。『Monday』の…わたしたちの家のより少し柔らかいベッドで眠った。

翌朝、王都のギルドの前で、冒険者さんと別れた。また会えるといいな。

わたしが少し寂しそうにしているのに気づいたのか、リストくんが袖を引っ張ってきた。


「ほら、ボーッとしてないで行くぞ。中心部のカフェだろう?」


なんかリストくん、わたしが冒険者さんとばっかり話してると、ちょっとむくれてる気がしていた。自分も冒険者さんの話が聞きたかったんだろうな。

そう考えるとなんだか可愛くなって、つい頭を撫でた。リストくんはビクッとしたけど、身を任せてくれた。

王都アリアデルの街は人がたくさん行き交っていて賑やかだ。市場にはちょっとした行列ができている。

でも、中心部の王城に近づくにつれて、なんだか歩く人達が上品になっていく気がする。


「中心になればなるほど、貴族たちの暮らすところになるからね。この先に、サーズの働く店がある」


そんなところに店が?「庶民が入ってくるな」とか言われたらどうしよう。不安になってきた。

ビクビクしながら歩いていると、やがて薄紫の壁の小規模な建物が見えた。あれがサーズさんがやっているカフェ、『fleur』らしい。

店長はためらいなくドアを開けて、わたしたちを入らせてくれた。


「いらっしゃいませ。…と、十五か。久しぶり、元気してた?」

「…サーズ、久しぶり。この女の子が言ってたバリスタ」

「ずいぶん若いね。僕はディミトリオ・サーズ、『fleur』の店長をやってるよ」


慌てて自己紹介をする。サーズさんは優しそうな男性で、歳は店長と同じくらいに見える。


「へえ、転生者か…やっぱりコーヒーは転生者に人気だね」


サーズさんは納得したようにうんうんと頷く。この店にも転生者が来るのだろうか。いかにも上流階級向けって感じだけど。

街の服屋を巡りたいらしいリストくんはここで別れて、わたしは早速教えを乞うことになった。


「じゃあ、まずはいつもの感じで淹れてみてくれる?豆はこれを使ってね」

「わ、わかりました…!」


まず豆を挽く。いつものように、とは言われたけれど、いつもと違う場所で違う豆を使うのはかなり緊張する。

わたしがコーヒーを淹れている間、サーズさんはじっとこちらを見つめていた。

やがてコーヒーが出来上がると、サーズさんはカップを手に取って、まずは香りを嗅いだ。

そして軽く頷くと、そのままひとくち口に含む。審査されている感じで落ち着かない。


「……うん、悪くない。というか、かなりいいと思うよ。香りは立ってるし、温度も適切だ。だけど…」

「…だけど?」

「少し足りない。挽く前に、豆の状態は確認したかな?湿気を吸ってるかどうか、浅煎りか深煎りか」


…なるほど。普段家で淹れるときは、そんなに気にしたことがなかった。でも、お店で出すならコンディションを確認するのは確かに大事だ。


「粒の大きさをざっと見て、軽く指先で転がしてみて。ちなみにこの豆はフルシティロースト、深煎りだね」

「へえ、指先で…次はやってみます」


メモを取りながら話を聞く。プロってすごく細かく見てるんだな。店長もプロだけど。

次は、サーズさんがお手本を淹れてくれることになった。

サーズさんは豆の状態を確認したあと、挽きはじめる。豆の状態によって、挽く具合も変わってくるらしい。

流れるような手つきでコーヒーを淹れていく。相当淹れているのだろう、手が勝手に動作している感じだ。

そうして完成したコーヒーは、香りから違っていた。うまく言えないけど、ぶわっと香ってくる。


「飲んでみて」

「いただきます……わぁ」


ひとくち飲むと、豊かな香りが鼻に抜けていく。心地よい苦味が口内を満たして、ほっ、と息をついた。

豆の良さもあるだろうけど、やっぱり技術が伴っていないとこうはならない気がする。

サーズさんの淹れる1杯は、香りや温度の向こう側まで整っていた。余分なものが何もなくて、なのにあたたかい。

飲むたびに、体の奥にゆっくり灯がともるみたいだった。


「サーズのコーヒー、美味いよな。これで賞もらってるんだよ、こいつ」

「いやいや、小規模なものだよ。僕なんかほんのちょっぴり有名ってだけ」


聞けば、バリスタの大会みたいなものが王都で開催されたらしい。よく店内を見回したら賞状のようなものが飾ってあった。

つまり、今飲んでるのって、この国で1番おいしいコーヒー…?わたし、とんでもないものを飲んでるんじゃないの?

そんな人に教われるなんて、今更ながらものすごい幸運だ。店長にも、今度しっかりお礼しないと。

それから、細かい指導をしてもらいながら、何杯かコーヒーを淹れた。

試飲係の店長もお腹がたぷたぷになってきたころ、リストくんが帰ってきた。


「おかえり、リスト。お前も飲め」

「何だい急に。いただくけど……うん、よく分からないけど美味しいと思う」

「当てにならないな、こいつ。やっぱり私が飲まないと駄目か」


そのやりとりが微笑ましいのか、サーズさんは笑っていた。


「昔はそんなこと言われたら叱り飛ばしてそうだったのに、丸くなったね。一緒にやってた頃は、新人泣かせって評判だったじゃん」

「うるさい。私も変わったんだよ…あんなことがあったんだから」


昔の店長、そんなに厳しかったんだ。今の店長からは想像もつかない。

王都で働いてたときに何があったんだろうか。詳しく聞こうと思ったら、リストくんが口を開いた。


「…王都はすごいな。見たこともないようなデザインの服がたくさんあった」

「それでその紙袋?衣装、変えるの?」

「ああ、そのつもりだ。…僕の美は、ここで通用するのだろうか」


表情が硬い。よく見たら、指先も少し震えている。

コーヒーに映るリストくんの顔は、少しだけぼやけていた。

カップの向こうに見える彼の不安が、静かに胸に沈んでいくのだった。

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