第6話 今日は王都に出発します
「数日休みをもらいたい」
2月になったころ、リストくんはそんなことを言い出した。
店長がスケジュール帳を開いて、リストくんに尋ねる。
「いつから?」
「王都で25日、花人モデルのオーディションがあるんだ。だから21日くらいからかな」
モデル。リストくん、モデル志望なんだ。そういえば最近メイクもやたら決まっている。
植物にメイクってなんだか肌に悪そうだと思っていたら、店長はわたしの方を向いた。
「どうせなら君も行く?王都。コーヒーの技術、磨きたいって言ってなかったっけ」
「いいんですか?」
「昔の知り合いがいる。サーズっていうんだけど、腕のいいバリスタでね」
そんな人と知り合いだなんて、店長はいったい何者なのだろう。王都で働いてたって言ってたけど、実はめちゃくちゃ凄い人なんじゃないか?
わたしが驚いている間に、店長は手帳にさらさらと何かを書き始めた。
「手紙ですか?返事、間に合うかな」
「伝達魔法を使ってもらえばすぐだよ。ギルド経由で送るんだ」
魔法、やっぱりあるんだ。
薄々そうなんじゃないかとは思ってたけど、わたしの想像する"異世界らしさ"が、確かな形を持った気がした。
店の照明も、コンロの火も、そういう仕組みだったのか。
「この文面を渡せば、伝達魔法の使える人が読み上げてくれるんだよ」
「電話を代わりにかけてくれるみたいですね」
「…それは前の世界の言葉?似たようなのがあるんだ」
そんな会話をしている間に、店にコーヒーの香りがふんわり広がった。
王都…どんなところだろう。
新しい出会いがありそうな予感がした。
─
日々はあっという間に過ぎ、2月19日。明日はいよいよ王都に出発する日だ。
24日、オーディションの前日にサーズさんが会ってくれることになった。たまたま休みだったらしい。
お店を閉めて自由時間になると、上の階の自室でゆっくりできる。なんとなくリストくんと話したくなって、隣の部屋をノックした。
リストくんは顔にパックをつけたまま出迎えてくれた。ちょっとびっくり。
「どうしたんだ、不安で眠れないのかい?」
「どっちかっていうと興奮で、かな?」
「ワクワクして眠れないって…子供か、君は」
「えへへ。リストくんと話せば落ち着くかなって思って」
取り留めのない会話を重ねる。何だかんだリストくんも落ち着かないのか、ちらちらと鏡を見たり、衣装をチェックしたりしていた。
でも、たまに視線を逸らされてしまうのはどういうことなんだろう。人見知りなのかな?頬も赤かったし。
リストくんは23歳だそうだ。わたしはこの世界では何歳なんだろうと思っていたら、転生者証に書いてあった。
わたしの肉体は22歳。前世とくらべて、ほんの少しだけ若返っている。
リストくんのほうが先輩だね、と言ったら、「ならもう少し敬ってもらおうかな」と冗談交じりに返されて、思わず笑ってしまった。
話す内容すべてがあたたかくて、緊張と興奮が少しずつほどけていった。今日はよく眠れそうだ。
─
王都行きの乗合馬車は意外とすんなり乗ることができた。
馬車は4人乗りで、わたしたちの他に、見るからに冒険者といった出で立ちのお兄さんが乗ってきた。
「1週間以上お店閉めるって、常連さんには悪いことしちゃいましたね」
「君とリストの話をしたら、あたたかく送り出してくれたよ。頑張れってさ」
「それは…僕も気合いが入るというものだな」
3人で話していると、冒険者さんが話しかけてきてくれた。
「お嬢ちゃん、もしかして転生者かい?実は俺もなんだ」
「そうなんですか!偶然ですね」
「転生者はだいたい飛龍便で移動するもんだが、お嬢ちゃんは馬車なんだな。俺はまあ、たまには景色をのんびり楽しみたくてな」
この世界では、ドラゴンも交通手段になっているらしい。飛行機みたいなものだと思えばいいのかな。
店長が「飛龍便は高いからね」とため息混じりに口を挟む。
リストくんはほっとしたような顔をしている。高いところ、苦手なのかもしれない。
「転生者って、冒険者をすることが多いんですか?」
冒険者さんは顎を掻きながら笑った。
「多いっつうか、ほとんどはそうだな。俺の知ってる限りだと、冒険者じゃないのはお嬢ちゃんくらいだぜ」
どうやら知らない間に、ゲームで言う裏ルートに入っていたようだ。わたしはただコーヒーが飲めたらそれだけでいいんだけどな。
そう正直に話してみると、冒険者さんは笑っていた。この感じ、親戚のおじさんとかを思い出すな。
それから、冒険者さんとは前の世界の話で盛り上がった。冒険者さんは「スマホがなくて不便だ」とこぼしていた。入院してからはスマホもろくに触ってないから、よくわからない感覚だ。
リストくんは「そんなものもあるのか?」「すまほ…?って奴は何でもできるじゃないか!」と興味津々な様子で、積極的に首を突っ込みに来た。
店長はというと、話を聞いているのかいないのか、ぼんやりと外を眺めていた。王都までの道のりに思うところがあるのかもしれない。
夜になると馬車は小さな町に止まって、宿に泊まることになった。馬にも休息は必要だもんね。
ウィストとは少し違った雰囲気の町で新鮮だ。夜だから市場を覗けないのが残念だったけど。
一晩明かすと、また馬車で発ち、おしゃべりをする。店長も少しずつ会話に混ざってきて、少し安心した。
遠くの空に、虹色の鱗を光らせる小さなドラゴンが見えた。あれが飛龍便かな。
そしてまた夜になって、次に泊まった町では、みんなで夜ご飯を食べた。
「しかし、月宮さんはなんで喫茶店をやろうなんて思ったんだ?」
「うーん…なんでだろう。コーヒーが好きだから、かな」
「好きを仕事にできるっていいですね」
最初は「3日もかかるなんて」と思ったけれど、こんな旅もなかなか悪くない。
そして23日のお昼頃、御者さんが「見えてきましたよ」と声をかけてくれた。
「あれが王都の城壁…すごく大きいな」
「大きいね…雲が降りてきたみたい」
「すごいだろ。俺も何回も来たが、毎回この壮観さに感動するんだ」
この数日ですっかり仲良くなった冒険者さんは、まるで自分が褒められたかのような笑顔でそう教えてくれた。
あと数時間もしたらこの人ともお別れだと思うと、なんだか寂しくなってきてしまった。
その様子が伝わってしまったのか、冒険者さんはわたしの頭をぽんぽんと撫でてこう言った。
「そんな顔すんなよ。きっとまた会える、ウィストに行ったら店にも寄ってやるしさ」
ムキムキの冒険者さんが『Monday』のカウンターで小さくなっているのを想像したらおかしくなって、つい吹き出してしまった。
つられて冒険者さんも笑う。2人の間に、和やかな空気が広がった。
…ところでリストくんは、どうしてそんなにむっとしているのだろう。
「どうしたの?」と聞いても教えてくれない。冒険者さんは「若いねぇ」と笑っていた。構われたかったのかな?
そんなこんなで、もうすぐ王都だ。
どんな出会いや経験が待っているのか、楽しみで仕方がない。




