第5話 今日は花を飾った
ここで働きだして1週間。わたしも仕事に少しずつ慣れてきた。
基本は果汁を搾ったりお茶を淹れたりして、ごくたまにコーヒーが頼まれたら淹れる。
コーヒーを頼む人はまだ1人しかいなかったから、ほとんどは店長とわたしが飲む分だ。
でも、あと1週間で神殿からは出て行かないといけない。住むところを考えないと。
「店長、この辺って宿屋とかあります?長期滞在させてくれますかね」
「あるし、長期滞在はさせてくれるだろうけど…うちの店に住んだ方がよくない?」
「住まわせてくれるんですか!?」
聞けば、この世界ではお店の一角や上の階を居住スペースにするのは当たり前なんだとか。転生者への配慮かもしれない。
住み込みで働かせてもらえるなら願ってもない。まだ期間は残ってるけど、さっそく引っ越しちゃおうかな。
「おや、君も住み込みかい?喜ばしいが、あまり夜更かしして僕の最高の眠りを邪魔してくれるなよ」
リストくんも住み込みだったみたいだ。
なんだかシェアハウスみたいでワクワクする。いや、どっちかというと寮か。どちらにせよ、経験がないから楽しみだ。
ところで、リストくんはさっきから何をやっているのだろう。花瓶を持ち上げては置いて、また持ち上げて少し違うところに置き直している。
「うーん…ここだと光が当たりすぎる…しかしここだと美しく見えない…」
「リスト、そんなにこだわりすぎないでいいから」
店長の言葉も聞こえてないみたいだ。真剣な顔で花瓶を少しずつずらしている。
わたしが「そこで充分綺麗に見えるよ」と言っても届かない。まあ、とりあえずその間に掃除を進めることにした。
やがて9時になる。開店時間だ。リストくんは、まだ花瓶をいじっている。
だけどお客さんが来たら、さすがに手を止めて接客に入った。流石にそこまで周りが見えてないわけじゃなかったみたいで、ほっとした。
それからは開店してからの忙しさに追われた。けれどリストくんは、接客の合間にちらちら花瓶を気にしている。
その様子が面白くて、でもなんだかかわいくて、思わず笑みがこぼれた。
そんなとき、いつもの常連さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ、今日も紅茶のストレートですか?」
「ああ、それで頼むよ。ところで…この花瓶、配置を変えたかい?いい場所にあるじゃないか」
さっきリストくんがさんざんいじくり回していた花瓶を指して、常連さんは微笑んだ。
でも、リストくんは少し顔を強ばらせている。偶然とはいえ褒められたのに、嬉しくないのだろうか。
「……違うんです。もう少しいい配置があるはずなのに…」
「完璧を逃すと死ぬ病気だな、リストは」
店長が苦笑いしながらそう返した。
リストくんは理想が高い。偶然で褒められても、理想通りじゃないと納得がいかないみたいだ。
常連さんはにこやかだ。きっと彼の様子に慣れているのだろう。
やがて客足が穏やかになると、リストくんはまた花瓶の位置をいじり始めた。
でも、ずいぶん端っこに置き始めている。あんなところにあったら倒しちゃいそうだけど、大丈夫かな。
「すみません、オーダーいいですか」
「あ、はい!」
あわてて振り返ったリストくんの肩が、花瓶に当たってしまった。
ガシャンッ!
花瓶の欠片と水しぶきが飛ぶ。息が止まったような気がした。
店長が飛んできて、欠片を片付け始める。わたしも雑巾を取りに行った。
その間、リストくんは青い顔で立ち尽くしていた。店長の「割れ物は遅かれ早かれ割れるから」という慰めにも反応せず、じっと自分の手を見ていた。
飛び散った水滴が、涙の跡みたいに見えた。
─
お昼のピークタイムが終わっても、リストくんはまだ浮かない顔をしていた。
「花瓶を割ってしまうなんて…これじゃ、完璧には程遠いな」
「こんなこともあるって。リストくん、けっこう気にするタイプなんだね」
「……兄さんたちはそうでもないんだ。僕だけがいつもこうで…」
兄弟いるんだ。たしかに、末っ子気質だとはなんとなく思っていた。
リストくんはうつむいてしまって、頭のパンジーもなんだか元気がないように見えた。
「兄さんたちは、なんでも器用にこなせるんだ。だけど結構適当で…僕はああならないように、って頑張り続けてたら、いつの間にか…」
「…理想通りじゃないと落ち着かなくなっちゃったんだね」
「…うん」
「そっか。でも、落ち着かないのって悪いことじゃないと思うよ。『どうしたらきれいになるか』って考えられる証拠だもん」
「綺麗…?」
「そう。完璧じゃなくても、リストくんが気にかけてるものはちゃんときれいだよ」
リストくんは、少しだけ顔を上げて「…そっか」とだけつぶやいた。
その様子を、店の奥から店長が見守っていてくれた。
─
次の日の朝。
わたしが引越しの荷物を持って店を訪れると、リストくんが花壇の花を切っていた。
「おはよう、リストくん。それ飾るの?」
「おはよう。ああ、新しい花瓶も用意してもらったんだ。もう一度、綺麗な場所に置こう」
そう言っていつもの自信に満ちた笑顔を見せてくれたから、わたしも嬉しくなって微笑んだ。
頭のパンジーが朝露に濡れて、きらきら輝いていた。
完璧じゃなくても、きれいだ。




