第1話 今日は転生しました
わたしがいつものように目を覚ますと、そこは病院じゃなかった。
知らない天井、ベッドで寝ていたはずなのに冷たい床の感触、いつも感じていた胸の違和感も消え去っている。
「ここは一体…?」
「おや、転生者の方ですね」
上から声をかけられる。ゆっくりと体を起こしてみると、驚くほどスムーズに起き上がれた。
そこには、シスターのような服装をした女性が立っており、驚くわけでもなくただわたしを見つめていた。
転生者…ということは、わたしは死んだのだろうか。
この現実感のない光景の中、その言葉はすっと胸に染み込んで、わたしの心に納得感と少しの寂しさを与えてくれた。
「まだぼんやりされているようですね、ご自分の名前は言えますか?」
そう話しかけられて、慌ててわたしは自分の名前を名乗る。ついさっきまで腕に巻かれていた白い札の、慣れ親しんだ名前。
「はい、大丈夫そうですね。それでは、今の状況をご説明しながらここを案内しますので、着いてきてもらえますか?」
「わかりました」
久々に立ち上がる。歩き方も忘れてしまっているかと思ったけれど、意外とすんなり歩きだすことができた。これが健康な体か。
そして、シスターさんは先導しながら様々なことを教えてくれた。
「ここはウィストという町、創世神の神殿です。王都アリアデルまでは、馬車で三日ほどでしょうか」
王都ということは、王様がいるのか。王様、なんだか異国の響きだ。
どうやら転生者は特段珍しくもなく、わたしは今月に入って3人目だそうだ。
慣れた口ぶり、ありふれた話なのだろう。前例がない事態にならなくてよかったけれど、なんだか少しだけ特別感が薄れた気分になった。
やがて、わたしたちは水晶玉のようなものが置いてある小部屋に到着した。
「着きました。ここで転生者である証、転生者証を発行します」
そのまんまだ。どうやら短期ビザのようなもので、1ヶ月のあいだ有効で、身分証になるほか、提示すると少しだけ食料などを値引きしてくれるらしい。
言われるがままに水晶玉に手をかざすと、淡い青の光が指先を包み、やがてカードが滑り出てきた。
カードを手に取ると、そこにはわたしの名前と、知らない顔が並んでいた。
だけどその顔は、どこかで見たことがあるような気もして、一瞬顔がこわばるのを感じた。
「これは…誰ですか?」
「あなたですよ。ああ、そういえばお見せしていませんでしたね。すみません」
そう言って、シスターさんは手鏡を手渡してくれた。
そこには、転生者証のものと同じ、20代程度の女の子の顔が映っていた。健康的な、「生きている顔」だ。
「2週間経つまでは、神殿で食事と寝床をご用意します。その間に町を歩いて、あなたの居場所を探してみてください」
シスターさんは柔らかく微笑むと、寝床まで案内してくれた。よかった、いきなり放り出されるわけではないみたいだ。
なんだか安心したら、あれが飲みたくなってきた。そう、わたしの大好きな…
「コーヒー、飲みたいな…」
気づいたら声に出ていたようで、シスターさんが振り返って申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「コーヒー、ですか?すみません、ここには置いていなくて…」
どうやらこの世界では高級品らしい。転生者からの人気、高そうだもんね。
最初に入院してから一度も飲めていなかったわたしの大好物、コーヒー。どうやらまだわたしの前には現れてくれないらしかった。
夕食は部屋に持ってきてくれるそうだ。窓から差し込む夕陽を眺めながら、わたしはこれからどう生きればいいのか考えていた。
─
ノックの音で目が覚める。柔らかいベッドを堪能していたらいつの間にか寝ていたようだ。
「夕食をお持ちしました」
わたしが返事をすると、さっきの人とは違うシスターさんが入ってきた。手には湯気の立つお盆を持っている。
部屋の机に置いてくれた夕食は、小さなパンと琥珀色の暖かいスープ。木の匙がついている。シスターさんはお礼を言うと笑顔で去っていった。
「いただきます」
手を合わせて、まずはスープをひとくちすくう。玉ねぎやにんじんのようなものが入っているのが見えた。
そのまま飲んでみると、よく知っているコンソメスープの味がした。ここでブイヨンを作っているのか、それともコンソメキューブのようなものが流通しているのだろうか。
どちらにせよ、病院で出ていたスープよりずっと濃い。それだけで、生きているのだという感覚になった。
野菜も普通に玉ねぎやにんじんのようだった。もしかしたら異世界特有の名前の違いはあるかもしれないけれど。また聞いてみようかな。
よく読んでいたライトノベルではコンソメスープで料理無双したりしていたから、こうして普通の食卓に出てくるのは驚きだ。
続いてパンをちぎって食べる。これもよく知るパンの味。特に焼きたてということはなく、常温だった。でも十分美味しい。
気づけばあっという間に食べ終わってしまった。空の皿をどうしたらいいか迷っていたら、シスターさんが取りに来てくれた。
歯を磨くために洗面所に向かうと、他にも何人か転生者であろう人達が並んでいた。
中には明らかに犬や猫のような顔をした人もいた。この世界にもいるんだ、獣人。ちょっとワクワクしてしまった。
とはいえ、わたしは病院の大部屋でも周りを気にしてなるべく音を立てないようにコソコソしていた人間だ。話しかけるなんてできそうもなかった。
黙って並び、黙って歯を磨き、黙って部屋に戻った。…日本人の性分は、異世界でも変わらないらしい。
とはいえまだここに来て初日、この生活が続けばこれから仲良くなる人もいるだろう。そうだと信じる。
その日はやることもないのでそのままベッドに寝転び、朝を待った。
天井の石の粒を眺めながら、いつの間にか目を閉じていた。
夢は見なかった。




