第15話 今日は観光しました
「着いた、ビスカ諸島!」
どこまでも青い波のきらめきが、刺すように目に飛び込んできた。
潮騒の音が耳の奥に残り、風がやわらかく頬を撫でる。
白い石畳は熱を溜め込んで、足裏にじんわりと返してくる。
ほんのり塩の匂いが混ざった風の先には、白い家々が丘の向こうまで連なっていた。
「眩しい…日差しが強いな」
「壁が白いから、反射するよね。頭の花、しおれちゃわない?」
「平気だ。むしろ調子がいい。花人にはうってつけの場所だからね」
そう言ってリストくんは頭の花を軽く整えた。花弁が日に透けて、紫色に煌めいている。
確かに、現地民っぽい花人がたくさんいる。家の前にも、色とりどりの花が咲き乱れていてきれいだ。
とりあえず、まずは観光案内所に向かった。
扉をくぐると、日焼けしたお姉さんが訛った口調で話しかけてきてくれた。
「コンニチハ〜!アラ、カップルでご旅行デスカ〜?」
「カッ…!?ち、違う!まだ…」
リストくんの声が一瞬裏返った。わたしも慌てて否定する。
「そ、そうです!仕事の同僚です!」
…リストくん、今「まだ」って言った?
お姉さんは愉快そうにニコニコして、「そうデスカそうデスカ」と頷いている。恥ずかしい。
まずは宿屋を取らないとね。予算内におさまって、なおかつご飯のおいしいところ。
さすが現地の人というか、条件にぴったりの穴場を紹介してくれた。
「ちょっと場所がわかりにくいカラ、あとでスタッフが送っていきマス」
「あ、そうだ。現地ガイドも探してるんだが」
「リストくん、ガイドさん頼むの?」
「ああ。自分たちだけで行くと舐められて吹っかけられるからね、現地の人がついて行ったほうが絶対にいいんだ」
なるほど…海外旅行に行く時もそんな感じらしいし、どこの世界も同じなんだね。
この世界に来てから優しい人達しか見てこなかったから、急に気分が引き締まった。
「ふ〜ん…なら、ワタシがついて行っちゃおうカナ」
「所長、またデスカ〜…?」
後ろで若い女の人が呆れた感じでツッコミを入れた。所長さんだったんだ、この人。
お姉さんは楽しそうに「だって気になるジャン〜」と笑っている。いつもこうなんだろうな。
やがてお姉さんは自分で書いた書類に自分で許可印を押し、わたしたちのガイドとして着いてくることになった。
「じゃあ行こっカ!ワタシはリアナ、ちょっとの間よろしくネ」
「えーっと…よろしくお願いします」
「よろしく頼む」
差し出された小麦色の手を、思わず握り返した。
リアナさんはにっこり笑い、案内所の扉を開けてくれた。
そうして、まずは宿屋に荷物を置きに行くことにした。リアナさんが先導してくれる。
「お仕事の同僚って言ってたヨネ。何やってるノ?」
「ウィストのカフェで働いてるんです。わたしが転生者で…」
「ヘェ、コーヒー好きナンダ。この島はコーヒー栽培も盛んダヨ」
「コーヒー畑、見れたりするか?」
「イイヨ〜。話通しておくネ」
和やかに話しながら歩いていくと、白い路地を抜けた先に、宿屋らしき小さめの建物があった。
中に入ると、人の良さそうな鳥人さんが出迎えてくれる。
「ヤッホーおばちゃん、2人分空いてル?」
「空いてるヨォ。アタシゃ梟だけど、ここは閑古鳥が鳴いてるヨ」
わたしたちは宿帳に名前を書いて、荷物を預けた。
身軽になったところで、市場を見に行く。案内されてついて行くと、少しずつ賑わう声が聞こえてきた。
市場は地元の人や観光客で大賑わいだ。ウィストでは見ないような果物や工芸品がたくさん売られている。
ほんのりスパイスのような香りが漂ってきて、ここが別の町だということを改めて感じる。
リアナさんが「あっちにいいもの売ってるヨ」と言うのでついていく。リストくんが「高いものを買わされたらどうしよう」と小さな声で言った。
幸運なことにそんなことはなく、揚げパンのようなものを売っている屋台に案内された。
「せっかくだし奢るヨ」
「え!?そんな、悪いですよ!」
「イイノイイノ。次からは自分で買ってネ」
リストくんと顔を見合わせて、リアナさんにお礼を言った。
揚げパンをかじると、レモンの酸味がふわっと香る。どうやら果汁がかけてあるみたいだ。
あとから砂糖と生地の甘みがやってきて、やさしい後味が広がった。
リストくんが几帳面に一口ずつ口の周りを拭いながら食べている。気にしすぎな気もするけど、そこがリストくんらしい。
「地元の人もおやつによく食べるんダヨ。ほら値段見てミテ」
「え?…おお、めちゃくちゃ安いな」
そこそこの大きさがあったのに、ひとつ1Gだった。紅茶よりも安い。
なんでこんなに安いんだろう…もしかして、現地で育てた小麦を使ってるとか?
「おっ、鋭いネ。その通り、ダカラ輸送費とかがほぼゼロ。原価に近い値段で売れるノヨ」
「なるほどな…」
リアナさんが胸を張ると、納得したようにリストくんが顎に手を当てた。
店長なら「うちでも何か育てようか」とか冗談言いそうだ。想像して苦笑すると、リアナさんは不思議そうに首を傾げた。
そうこうしていると、また揚げたての甘い匂いが漂ってきた。匂いにつられて子供たちが集まってきたので、ちょっと脇に寄っておく。
食べ終わったあと、今度は工芸品を見る。陶器でできたお皿や小物が売っていた。
「このティーカップ、かわいい。自分用に買おうかな」
「初日にお土産かい?荷物が増えてしまうよ」
「え〜、でも今買わないと売り切れちゃうかもよ」
そんなわたしたちの会話を、リアナさんは微笑ましそうに眺めていた。
「若いっていいネェ」と言っているのが聞こえた。リアナさんも若いでしょ、たぶん。
そうして市場を満喫したわたしたちは、お昼ごはんを食べに移動しはじめる。
…リアナさんに見えないところで、こっそりリストくんの手を握った。
リストくんは驚いたようにこっちを向いたけど、やがて耳を真っ赤に染めたままうつむいた。
わたし、なんでこんなことしたんだろう。分からないけど、少し暑いのはきっと日差しが強いからだ。




