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異世界カフェ『Monday』は今日も完璧じゃない  作者: 293
第2章 太陽の咲く島
16/19

第14話 今日は飛びました

3月に入り、日差しも少しずつ夏の強さに近づいてきた。窓から入る光が、店のカウンターを金色に染めている。

藤まつりのあと、大成功に終わった屋台の功績を見込んでわたしとリストくんはバイトから正社員に昇格した。

気持ちも新たに楽しく働き、2週間ほど経ったある日、わたしたちは店長になにかを1枚ずつ手渡された。

それは金色の封蝋で留められた、厚手の羊皮紙のようだった。


「店長、これは…?なにかのチケットですか?」

「…げ」

「飛龍便の往復乗車券。ビスカ諸島行きだよ。ツテで2枚手に入ったんだけど、店のこともあるしね」


飛龍便といえば、速いけど高いんじゃなかったっけ。王都に行った時に聞いた気がする。

でも店のことというなら、わたしたちだって仕事がある。せっかく正社員になったばかりなのに。


「そこはほら、有給ということで。大体、君ら放っておくと毎日働こうとするだろ」

「え、だって働いたらコーヒーが飲めるじゃないですか」

「このコーヒー中毒め。リストのほうは…まあ、理由はだいたい察せるけど」

「ほっといてくれ。僕が誰といようが勝手だろ」


少しリストくんの頬が赤い。…リストくんが仕事が好きな理由って、わたしの知らない何か?

何故だか少しだけ、胸の奥がモヤっとした。


「それより店長、よりによって僕に飛龍便?嫌がらせが過ぎるんじゃないのかい」

「嫌なら馬車と船で向かってもいいけど。その場合、往復だけで予定日数が過ぎそうだ」

「大丈夫だよリストくん、わたしが一緒にいるから」

「ぐ………わ、わかった、飛龍便に…乗る…」


リストくんは高いところが苦手みたいだ。パンジーが背の低い植物なのは、なにか関係あるのかな。

それにしても、南に旅行か。この世界に来てから初めての大規模な旅行、すごく楽しみだ。

ビスカ諸島の…南の群島の話は前にリストくんから聞いたことがある。確か、花人がたくさん暮らしているんだったっけ。

コーヒー豆も安く手に入ると言ってた気がする。現地では、お手頃な価格でコーヒーが楽しめるかもしれない。


「君、今コーヒーのこと考えてるだろ」

「え。リストくん、なんでわかったの?」

「わかるさ、いつも見…なんでもない」

「?」



数日経ち出発日の朝、楽しみであまり眠れなかったわたしと、少しげんなりしたリストくんは発着場に来ていた。

飛龍…つまりドラゴンは、近くで見るととても大きかった。なんせ、牽いている飛空艇のマストとほぼ同じ高さだ。

虹色の鱗がとても綺麗だ。あの鱗でなにか工芸品とか作ってないのかな。売ってたらたぶん買うのにな。

しかし、リストくん曰く「とても貴重なもので魔法防御力がすごく高いから、出回っても防具に加工されてしまう」そうだ。残念。

飛空艇に乗り込む。ガレオン船のような姿で、いかにもファンタジーっぽい。

いよいよ離陸の時間。ドラゴンの咆哮が、大気を揺らした。船の内部にいるわたしたちにも伝わるほどの熱気で、飛空艇の魔導エンジンが動き出す。


「ひ…と、飛ぶのか」

「飛ぶよリストくん、大丈夫?手、つなごうか?」

「えっ。つ、繋ぐ…けど、別に怖いからじゃないからな」


リストくんは赤青い不思議な顔色で手を差し出してきた。わたしより少し小さい手をしっかり握ると、リストくんは握られた手をじっと見ていた。

ゆっくりと地上を離れる感覚。意外と揺れは少ないけれど、船体が傾いて重力がかかる。

やがて、飛行機に乗っているときのような独特の浮遊感が体を包む。流石にあれと比べたらちょっと乗り心地は悪いけど、異世界って感じでワクワクする。

窓を見ると、あっという間に雲の海が広がる。さすがドラゴン、上昇するスピードがものすごい。

しばらくするとリストくんの手の震えも少しずつ収まって、指先にも温度が戻ってきていた。もう大丈夫そうだ。

でも、何故か離したくなくて、そのまま手を握り続けていた。

リストくんも「もういい」とは言わなかった。…話しかける言葉が出てこない。少し気まずいけど、このままでいたいような、不思議な気持ち。


「…えっと…そう!甲板出てみない?…いや、怖いよね。やっぱいいや、変なこと言っちゃった」

「…いいよ。出たいんだろう?」

「いいの?怖いんじゃないの?」

「君が行きたいところに行けばいい。…でも、ひとりにはしないでくれ。その方がよっぽど怖い」


手を繋いだまま、甲板に向かった。他の乗客が「あら〜」みたいな視線を向けてきて、ちょっと居心地が悪かった。

階段を上り外に出ると、ぶわっと風が体に飛び込んできた。ドラゴンの背中がきらきら輝いて、幻想的だった。


「わ、高いね。風が気持ちいい」

「そ、そう、だな。うん」

「やっぱり怖いんじゃん!手、離さないから落ち着いて。ここにいるよ」

「…ありがとう」


リストくんは青い顔で膝を震わせている。どうしてそんなに怖いのか聞くと、やがてぽつりぽつりと話してくれた。

昔、南の群島に家族で出かけた時も飛龍便を使ったらしい。甲板で雲を覗き込んでいたら、ふざけた兄に「高い高い」をされたのだとか。


「魔法でバリアが張ってあるのは分かっていても…本当に落ちるかと思って、すごく怖くて…」

「そうだったんだ…じゃあ、端っこには行かないようにしようか」

「行きたかったら、行っていいんだぞ…?」

「ううん。リストくんを怖がらせてまで行きたいところなんてどこにもないよ」


わたしがそう言うと、リストくんは目をぱちりと瞬かせて、顔をじわじわと赤く染めた。

少しだけ、握っていた手に力が込められた。

…なんとなく、今まで彼が何度も顔を赤くしていた理由がわかってしまった。



しばらくして、雲の切れ間から青が覗いた。光を反射してきらめく海と緑色の島々。あれが、ビスカ諸島。

リストくんが「もう着くんだな」と呟いた声は、どこか名残惜しそうだった。

飛空艇がゆっくり高度を下げていく。

わたしたちの初めての空の旅は、少し照れくさくて、だけど忘れられない思い出になりそうだった。

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