12話 今日は準備をしました
2月も後半に差し掛かった頃、リストくんと店長はなにやら話し込んでいた。
「それで、今年の藤まつりはどうするんだ?」
「去年のあれは好評だったし、また出そうかと思ってる」
藤まつり…?そういえば、そろそろ藤が咲く季節だけど。
わたしが不思議そうにしていると、ふたりが気づいて教えてくれた。
「ああ、知らないか。藤まつりっていうのはね、この町のお祭り」
「賑やかだぞ。みんな藤色の服を着て、広場で舞を見るんだ」
町の神殿には、巫という役職の人がいる。その巫が日頃の感謝を込めて、創世神に舞を奉納する祭りらしい。
ただ町の人々的には、出店を巡って楽しむのがメインみたいだけど。
町全体が薄紫色に染まって、風が吹く度に藤の花が揺れる。
遠くから笛の音が聞こえてくるような気がして、胸の奥が少し浮き立った。
「それで、ここでも毎年ちょっとした出店を出してる。今年は君も加わるから、華やかになりそうだ」
「コーヒー、出すんですか?」
「そうしたいところだけど、残念ながら紅茶。でも、ただの紅茶じゃない」
そう言って、店長は紅茶を淹れはじめた。…今のところ、普通の紅茶みたいだけど。
不思議に思っていると、紅茶をカップに注ぐ店長の手元が淡い光を放った。
カップに触れた瞬間、紅茶がふわりと色づいた。琥珀色から、柔らかい藤色へと。
茶葉の香りに混じって、花のような甘さが漂ってくる。
「魔力を流すと色が変わるんだ。少しの手の震えなんかでも色が揺らぐ。きっと、君にもできると思う」
魔力…わたしにもあるのかな。転生してから今まで、一度も意識したことなんてなかった。
ちょっと不安になりながら、紅茶を淹れてみる。魔力の流し方を教わって、注いでみると…
「わ、変な色」
「あー、最初はこんなもんだよ。紫が出せただけでも上出来」
紫と水色のマーブル模様みたいになってしまった。カップの中が、小さな空のように揺らめく。
でも、色を変えることはできてほっとした。まさか魔力がないとかだったらどうしようかと。
聞けば、人それぞれ出しやすい色というのがあるらしい。わたしの場合は水色なのかな?
その時、ぼんやりと前世の記憶が蘇ってきた。病室で見た気がする、ちょうどこんな色の…
「どうした?疲れたのかい?」
「…あ、リストくん。ううん、ちょっと昔のこと思い出してただけ」
今はいいや。それより、紅茶の練習をしないとね。幸い、藤まつり本番までまだ1週間くらいある。
その前に、さっきのマーブル模様の紅茶を飲んでみた。
「…ほんのり甘い気がする」
─
それから、わたしは毎日暇を見つけては魔法の紅茶を淹れた。
最初はマーブルだった色も、少しずつ紫の比率が高くなって、色も濃い紫から藤色に近づいてきた。
こんなにたくさん淹れて茶葉がなくならないか心配だったけど、「コーヒーほど高くないから、なくなっても買い足せばいい」と言われた。
そう考えると、本当にコーヒーが高いのがわかる。こんな特殊なものより高いだなんて。
ところでリストくんはというと、出店に飾る装飾を作っていた。
「去年よりバージョンアップしないとな。とびきり綺麗に飾りつけよう」
そう呟きながら、布を割いて束ねて、藤の花のようにした吊り下げ飾りを作っている。
この店のために一生懸命になってくれるリストくんの姿が、きらきらと輝いて見えた。
なんだか最近、ちょっとリストくんが魅力的になったような気がする。
自分磨き頑張ってるんだろうな、などと思いながら紅茶を淹れたら、やけにきれいなピンク色に染まってしまった。
「ほほう、こりゃあ見事な…」
「て、店長!なんでこんなにムラなくきれいになったんでしょう…」
「ふふふ」
店長は謎めいた微笑みを向けるだけ。まあピンク色だし失敗は失敗だから、惜しいとでも思われたのかな。
すると、リストくんがお茶の色を見に近寄ってきた。「きれい」と言ったから成功したと思ったみたいだ。
「藤色、出せたのか?」
「おっと」
店長は口の端をわずかに上げ、リストくんにお茶を見せずに、一気に飲み干してしまった。
「あー、甘酸っぱい」
「ちょっと、店長!?僕にも見せてくれよ」
リストくんは不満げだ。店長はどうしてこんなことをしたのだろう。「今は見ない方が面白い」ってどういうことなのかな?
そんなこんなで、町に夕日が沈んで行った。
─
夜ごはんを食べ終えて部屋でゆっくりしていたら、ふいにドアを叩く音がした。
「ちょっと時間あるか?…もう寝たか?」
「起きてるよ。どうしたの、リストくん」
わたしがドアを開けると、リストくんは小さな紙袋を差し出した。
「これ、良かったら明日使ってくれ。…それだけだ、おやすみ」
「えっ、これなに?リストくん?」
…リストくんは部屋に戻っていってしまった。ほんの少し見えた耳が、赤かった。
その場で開けてみると、中には藤色のバレッタが入っていた。
そういえば、藤色の服やアクセサリーをつけるのが習わしだったっけ。紅茶に気を取られて、忘れていた。
結び目に花の飾りがついた、リボンの形のバレッタ。
わたしのために選んでくれたんだと思うと、胸があたたかい気持ちになった。
ふと窓の外を見ると、通りに小さな灯りが並びはじめていた。
風に揺れる提灯の光が、道を淡く照らしている。
藤の花の影が、石畳の上にゆらゆらと伸びて…明日は、もっと賑やかになるんだろうなと思った。




