第13話 今日はお祭りでした
2月最後の紫の曜、前世でいうと5月くらいの、藤の花が満開になる季節。
その日が、藤まつりの当日だった。
「曜日が色なの、きれいでいいよね」
「そうかもな。僕たちにとっては当たり前だけど」
紫の曜──その響きだけで空気が澄んでいくような気がする。
ちなみに、日曜日から順番に白、黄、赤、青、緑、紫、黒の曜だ。それぞれ神様に由来するらしい。
神殿で教えてもらったものだ。また顔を出しに行きたいな。
「2人とも、喋ってないで手を動かしな」
「はーい、店長」
「わかってるさ」
町は朝から屋台の木槌と人々の笑い声が混ざりあっていた。わたしたちもみんなで出店の屋台を設営する。
ドリンクのみを提供する、小さな屋台。骨組みは仕上がってるから、あとは飾りつけだ。
リストくんが昨日作ってくれた、藤に見立てた布切れを吊り下げる。風に揺れると、まるで甘い香りが漂ってくるような気がした。
緑色の屋根、藤の飾り、それから木の長テーブル。穏やかな色使いが、祭りの喧騒をそっと落ち着けてくれそうだ。
「この飾りだけ少しズレている気がするな…」
「リストくん、またやってる」
リストくんは相変わらずだ。でも、それもリストくんらしいよね。
それに最近は、人の評価にも目を向けるようになったみたいだ。オーディションの後からなんだか吹っ切れたような気がする。
「どうだ店長、この位置でいいかい?」
「うん、いい感じ。それでいこう」
屋台の飾り付けが完成したら、いよいよお茶を出す準備が整った。
もうお客さんの来ている屋台もある。明確に何時から始まるってわけでもないみたいだ。ゆるいなぁ。
周りを眺めていたら、わたしたちのところにもお客さんが来てくれた。
「いらっしゃいませ!カフェ『Monday』です」
「へえ、聞いたことないな。紅茶の屋台?1杯もらおうかな」
「ありがとうございます。1杯3Gです」
1G100円くらい。この紅茶は3Gだから、300円だ。ちなみにいつも出すコーヒーは10Gだから、3倍くらいする。
どうやら1Gより下はないみたい。何を売るにも最低価格の1Gになるように量を考えているようで、この間飴を買ったら10個くらいまとめて渡された。
お客さんから、銅貨を3枚手渡される。100円玉くらいのサイズのそれは、日の光を受けてきらりと輝いた。
銅貨の装飾の細かさに見とれていると、お客さんが話しかけてくれた。
「お姉さん転生者?わかる、細かいよな。これの鋳型、全部職人の手作りらしいぜ」
「そうなんですか!?職人さんってすごいなぁ…」
こんな世間話をしながらでも、藤色の紅茶を淹れられるようになった。
わたしって実は筋がいいのかもしれない。ちょっと調子に乗っていると、次のお客さんが来た。
「あ、ゆきちゃん。卯ノ花さんも」
「こんにちは。ゆきが来たがってたから、早めに寄っておこうと思って」
ゆきちゃんの、ふわふわの白い耳がぴくぴく動いている。楽しみにしてくれてたみたいだ。これは張り切って淹れないとね。
それにしても今日は特にふわふわしている気がする。聞けば、お祭りの日だから念入りにブローしたらしい。
…後で触らせてもらえないかな。無理かな。
そんなことを考えながら淹れた紅茶は、少し白が多くて白藤色みたいになってしまった。ゆきちゃんはお母さんと違う色に喜んでいたから、結果オーライ。
もちろん店長には「考えてることがわかりやすすぎる」と注意された。
わたしがしょぼくれていると、リストくんが近づいてきてわたしの手を取り、
「しばらくは僕の髪で我慢しておけ」
と、頭に乗せた。またゆきちゃんに嫉妬してるのかな。それとも、わたしを慰めてくれてる?
そのままくしゃりと撫でると、満足そうに鼻を鳴らしていた。かわいい。撫でられたかっただけかもしれない。
─
そうこうしているうちに昼になり、少しだけ休憩をもらった。リストくんも一緒だ。
食べ物の屋台を巡る。焼きそばやフランクフルトなど、前の世界とそう変わらない。でも、わたあめはないみたいだった。機械、ないんだろうな。
かき氷やりんごあめは紫色になっている。「藤まつり」だもんね。
2人でお腹を満たしつつ屋台を楽しんでいると、もう広場のほうに人だかりができていた。
広場の中心のほうを見ると、巫さんが舞台の上でゆるやかに舞い踊っている。
「きれいだね…リストくん?見えてる?」
「前の人の背中しか見えない。まあいいさ、君は楽しんで──うわっ、ちょ」
「それじゃダメだよ、わたしはリストくんと一緒に見たいんだもん」
わたしはリストくんを抱き上げて、そのまま肩車した。リストくんは激しく抵抗したけど、わたしに退く気がないとわかると降参したようだ。
巫さんの舞はどことなく日本舞踊に似ている。日本舞踊はろくに見たことがないけど、多分こんな感じだ。
やがて舞が終わると、周りの人々は一斉に祈りのポーズを取り始めた。頭の上でリストくんも祈っている。
わたしも真似して祈りを捧げた。創世神さまには、ここに転生させてくれたことを感謝しないと。
──ありがとうございます、あなたのおかげで得られたこの人生は、とても幸せです。
祈りを終え、屋台に戻ろうとすると、頭上のリストくんが「そろそろ下ろせ」と訴えてきた。
「全く…子供扱いするんじゃない」
「子供扱いしたつもりはないんだけどなぁ」
「仕方ない…って君、髪がぐしゃぐしゃになってるぞ」
どうやらリストくんが抵抗したときに少し崩れたようだ。お詫びにリストくんが直してくれることになった。気にしなくていいのに。
わたしがしゃがんで目線を合わせると、リストくんの指がやさしく髪に触れた。手ぐしで整えられて、少しくすぐったい。
「…この髪飾り、使ってくれたんだな」
「うん。バレッタ、今日のために用意してくれたんでしょ?それに、服のことすっかり忘れてたし」
「はは、君らしいな。…できたぞ」
「ありがとう!じゃあ戻ろっか」
「あ、その前に…その…」
リストくんは何か言いたげだ。忙しなく瞳を泳がせている。早く戻らないと、言われていた休憩時間を過ぎてしまうけど…
なんだか、これを逃しちゃいけない気がして、わたしはリストくんが口を開くのを待った。
「…それ、すごく似合ってる。…綺麗だ」
時が止まったように感じた。ちゃんと笑顔で「ありがとう」と言えただろうか。絞り出した声は、震えていたような気がした。
リストくんは少しだけ驚いたような顔をすると、嬉しそうに目を細めた。
屋台に戻ったあと、わたしは店長に「しばらく紅茶を淹れないように」と言われてしまった。当たり前だ、動揺してるのは自分でもわかる。
でも、どうして動揺してるんだろう?
『綺麗だ』…その言葉が頭をぐるぐると回っていた。
─
その日の夜、『Monday』のカウンターに一人の小さな影があった。
その影は、残った魔法の紅茶を1杯、魔力を込めてカップに注ぐ。
そして、出てきた色を見て「…そうだろうな、僕は」と、少し照れくさそうに呟いた。
カップの紅茶は、鮮やかなピンク色に染まっていた。




