11話 今日は特別でした
カラン、とドアが開く音がする。
元気にやって来たのは、最近ほぼ毎日来るようになったゆきちゃんだ。
常連さんのクーザンさんが連れてきてくれるから安心だし、何より美味しそうにカフェオレを飲む姿はとても癒される。
ちょっと声を出しづらいみたいだからおしゃべりはできないけれど、ふにゃっと笑う顔やふるふる震える耳が感情を教えてくれる。
「ゆきちゃん、今日もカフェオレ?わたし、頑張って作るね」
こくり、とわくわくした顔で頷くゆきちゃん。あまりに可愛くて思わず頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めてくれた。
そんな顔にまた癒されるわたし。そうして2人で幸せな時間を過ごしていると、不意に視線が向けられていることに気づく。
視線の先を辿ると、リストくんだ。何故か不機嫌そうな顔でこっちを見ている。
「リストくん、どうしたの?そんな難しい顔してたら、ゆきちゃんが怖がっちゃうよ」
「…ゆきちゃん、ゆきちゃん…ね」
「リストくん…?」
ぷいっと背を向けてしまったリストくん。ゆきちゃんも首を傾げている。
なんだかよくわからないけど、わたしがなにか気に障ることをしてしまったのだろうか。
だとしたら謝らないとな、と思いながら、その日は普通に仕事を終えた。
─
次の日、窓の外を眺めると、早咲きの花がひとつ風に揺れていた。もう春なんだな。
仕事を始めようとスタッフルームに入ると、季節外れのもこもこの上着を着たまま、エプロンをつけようとしているリストくんがいた。
「リストくん、おはよう。どうしたのその格好」
「別に。寒いだけだが」
「もう2月も中盤だよ…?」
「う、うるさい!僕の勝手だろ!」
何故か怒られてしまった。結局その日はもこもこのまま接客をしていたリストくんだったが、明らかに暑そうだった。
店長は何故か微笑ましそうに見ていた。リストくんがあんなに怒っているのになんでだろう。
そしてその次の日の朝、階段の前でリストくんと鉢合わせた。腰になにかふわふわのものを付けている。
「リストくん、おはよう。その腰のやつ、なに?」
「こ、これは…ファッションだ」
「ふわふわのファッション、流行ってるの?」
「…なんでもいいだろ!」
また怒られた。最近のリストくんはなんだかおかしい。
わたしが知らないところでなにか嫌なことでもあったのかな。心配だ。
忙しく働きながら、最近のリストくんの行動を思い返してみる。
もこもこの上着に、ふわふわした尻尾みたいなアクセサリー。
そもそもいつからだっけ?確かゆきちゃんが来るようになってから……ん?まてよ?
『ゆきちゃん、ゆきちゃん…ね』
「…もしかして、わたしがゆきちゃんばっかり構うから?」
「はっ!?」
思わず声に出てたみたいだ。目の前には、顔を真っ赤にしてわなわな震えるリストくんがいた。
「そ、そんッなわけないだろ!僕はただ、その、スタイルを変えようとしただけで…」
しどろもどろになりながら必死に言い訳をするリストくん。誰が見ても嘘だと丸わかりだ。
なんだ、そういうことだったのか。ゆきちゃんのふわふわを真似すれば、わたしが構ってくれると思ったんだね。
そう思うとすごく可愛くて、思わず笑ってしまった。
「何笑ってるんだよ!…馬鹿にしてるんだろう」
「まさか。あのねリストくん、そんなことしなくたってリストくんはわたしの特別な人だよ」
「な、とっ、特別…って…!?」
「だって、こんなに近くにいるんだもん。一緒にいると落ち着くし、家族みたいなものでしょ?」
「………家族」
リストくんは一瞬ぽかんとして、すぐに息をつく。
「…家族。そうか、うん。それでいい」
そう言って、リストくんは少しだけ寂しそうに笑った。
エプロンの裾をぎゅっと握りながら、わたしとすれ違った。
背中から「…今はまだ、ね」と小さく声が聞こえた気がした。
─
次の日、リストくんはいつもの服装に戻っていた。
「今日はふわふわじゃないんだね?」
「もうやめた。暑い」
そう言ってむすっとしたリストくんの背後で、ドアベルが鳴った。
「あ。いらっしゃいませ」
小さな常連さんが、今日もふわふわの笑顔を見せてくれた。
ちょっとハラハラしながらリストくんの方を見ると、意外と柔らかい顔だ。
「よく来たね、ゆき。今日もカフェオレかい?」
こくりと頷くゆきちゃん。わたしがカフェオレを淹れると、いつものようにカップを両手で包んで飲んでいた。
リストくんは優しく笑って、ゆきちゃんの頭を撫でた。
ゆきちゃんも嬉しそうだ。微笑ましい…のに、なんだか胸がモヤモヤする。
「…ほーう?やっとか」
面白がっているような店長の声が、やけに耳に残っていた。




