123.憧れ
「ジルベールちゃん凄いわよ!今夜も貴女のファンで、会場は庭園まで満員御礼らしいわよ〜!」
広報部の準備室、アデル・マルティネスのご機嫌な声が、響いた。ノアが、突然やってくるというトラブルに見舞われたものの、衣装合わせに化粧、ダンスレッスンや立ち振る舞いの確認も無事に終わり、後は王都の会場へ出発するだけ───しかし、その段階になって、ジルベールは準備室の隅に、膝を抱えて縮こまっていた。
「庭園まで満員………」
私は顔を上げてアデル部長を見た。アデル部長の周りには、同じく準備を終え、最先端のドレス姿となった広報部員の皆が並び、心配そうに私を見ている。
軍人令嬢ジルベールが出席する軍の夜会は、もはや、イベント会場である。
メインイベントである、軍人令嬢ジルベールがエスコートをしてくれるダンスは、人気が出過ぎたため、事前の抽選制となっている。アデルの提案により、社交ダンスの経験が無い市民でも応募する事が可能で、経験の無い者が当選した場合、庭園で運営スタッフが簡単なステップを教えてくれ、好きなドレスに着付けて貰える。ジルベールも、ダンス経験の無い者には、短めの専用プログラムでダンスをエスコートするので、誰でも無理なく楽しめる様になっている。もちろん、子どもやお年寄りも対象で、割と優先的にアデルによって当選している。
ジルベールはその様に集まったファン達と、夜会開始から終了まで、踊りっぱなしだ。ジルベールのダンスは、抽選に外れた者も、誰もが自由に観る事が出来る。ちなみに特等席は有料だが、毎回直ぐに完売している。
庭園では、昼間の内から、広報部が展開するジルベールブランドの衣装や靴、アクセサリーや化粧品が多様なサイズ展開と共に販売され、かなりの売り上げを誇る。その他にも、ジルベールがイメージモデルを務める、飲食店や食料品店の屋台が、庭園をはみ出して軒を連ね、軍人令嬢ジルベールのファンで無い市民も、お祭り感覚で楽しむ事が出来る。モニカの経営する、ベネット公爵家の屋台も、もちろん出店しており、中々の人気だ。
そんな中、当の主役は夜会開始間際に、部屋の隅で縮こまっているのである。
「アデル部長……私……やっぱり無理かも………」
「ジルベールちゃん……」
アデルは、今にも泣き出しそうなジルベールを見て、心配そうにジルベールに歩み寄った。
「だって私……こんなに傷だらけだし。きっと、がっかりされちゃう……」
どんなに傷を隠しても、無くなる訳じゃない。
そもそも、私は普段から野盗狩りをしている様な人間だ。今は、何故か少佐に禁止されてて飲みに行けないけど、仕事終わりに酒場に行かない日の方が少ない程で、自分でも思うけど、自制心の効かない俗物だ。欲の塊なのだ。
上手に化粧で隠して、演技したって……
見透かされてるに決まってる。
「大丈夫よ、ジルベールちゃん。貴方は誰より努力してきた。傷だらけ?別に良いじゃない。人間味がある方が、素晴らしいわ。芸術って…そういう物だと、私は思うけど?」
「アデル部長………」
私は、隣にしゃがんで微笑んでくれる、アデル部長を見た。
人間味がある方が素晴らしい……
そうだろうか。
私は、皆に支持してもらえる様な人間なのだろうか。
いつも、私がダンスをエスコートするファンの皆は、とてもキラキラした表情をしている。
その姿の方こそ……私の憧れる姿だ───
私がどんなになりたくても、もうなれない姿。
「だけど私……皆さんに期待される様な人間じゃないのに───」
「ジルベールちゃん、相手が貴女を見て輝いているのなら、自分自身も同じ様に輝いているという事よ。」
「でも……やっぱり私……」
「ジルベールちゃん………」
───ガチャッ───
「お疲れ様です、アデル部長。」
「来てくれたのね、リー中尉……」
リー中尉が、準備室にやって来て、アデル部長は立ち上がるとリー中尉に歩み寄った。中隊の野営訓練が忙しいから、出発前はもう来れないって言ってたのに。アデル部長が呼んだのか───
リー中尉は、私の方をチラッと見て、アデル部長と私に聞こえない位の小声で何か話している。
「ごめんなさいね、訓練で忙しいのに……ジルベールちゃんが不安定になっちゃって。」
「いえ、構いませんよ。ジルの奴……たまにこうなりますからね。いつもの事です。野営訓練中なので、余計なりやすいのかもしれませんね。」
「あと、広報部員に聞いたけど、昼間に無愛想少佐が押し掛けて来たんでしょ⁈それもあるかもね…だから、嫌なのよ。デリカシーの欠片もない、ガサツな奴は───」
「……無愛想少佐?」
「おい、ジルッ!仕事の時間だ。まだ立てねぇのか⁈」
「……………」─ふるふる……─
リー中尉が、少し離れた所からそう叫び、私は座り込んだまま、首を横に振った。
「あいつ……わがまま言いやがって……」
「リー中尉、ジルベールちゃんは悪くないわ。急に無理矢理夜会を開いた、私達が悪いのだから。ジルベールちゃん、自分に自信が無くなっちゃってるのよ。もう、リー中尉に久しぶりにアレをやってもらうしか無いと思ってね。」
「そうですね。大体、俺もジルも、泥水の中を這いつくばって生き抜いて来たんです。住んでる世界が違う人間と比較した所で、自信も何も関係無い筈なんですがね。」
リーはため息をついた。
「リー中尉、そんな事は───」
「これが現実です。貴族令嬢として、社交を学ぶ為に、他の貴族令嬢を手本にする分は良いですが、それは決して自分との比較対象じゃない。ジルが比較しないといけないのは───」
「おいジルッ!」
また、リー中尉が怒鳴りながら近づいて来た。本当に、うるさいんだから……そんな風に言われても、無理なものは無理だ。
「わがまま言って、また仕事放棄してんじゃねぇぞっ!これを見ろーーーっ!」
───バサッ───
「!!」
リー中尉はそう言いながら、準備室の全面鏡張りの壁に近づき、端に垂れ下がっている紐を引っ張った。すると天井から、大きな写真が降ろされ、鏡張りの壁の前、一面に堂々と垂れ下がった。
これ─────久しぶりに見た。
「テオドールお兄様………」
天井から降りて来たのは、巨大なテオドールお兄様の写真だ。私がまだ子どもだった頃、私の為にアデル部長が技術者に依頼して、作ってくれた物だ。私は、お兄様の写真を見た。
お兄様は、振り向き様に、優しい笑顔を見せている。色の薄い金髪、私と同じ、水色の瞳。
私は───写真のお兄様と、同じ歳になった。
「ジル、テオドール殿は立派な軍人だった。」
リー中尉が写真を見上げる私に口を開いた。
「お前と同じ、過酷な境遇に居ながら……常に明るく、誰にでも優しい。俺も見せてもらった事があるが、剣の腕は相当なものだった。真摯に軍務に向き合い、不運にも、軍務の中で殉職された。ガルシア家や、妹のお前の事を案じながらな……」
「お兄様……私……私……」
「ジルッ!今のお前はどうだっ!!テオドール殿に顔向け出来るのかっ!!」
「…………う……うえ………ぐすっ……」
「お前がテオドール殿に代わって、ガルシア家を救うんだろ⁈泣いててどうすんだよっ!さっさと立てっ!!」
ジルベールはごしごしと右手の甲で涙を拭った。
「お前が憧れなきゃいけねぇのは、他の令嬢じゃねぇっ!お前が憧れるのは、お前の兄、テオドール殿だろおおおぉ!」
「ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐ───」
────────────
「国民の皆様、本日はリソー国軍の夜会にようこそおいで下さいましたーーっ!そして…お待たせ致しましたっ!リソー国軍第一師団特科連隊情報中隊、ジルベール・ガルシア軍曹と広報部一同です───」
ジルベール・ガルシアが優雅に手を振りながら、優しい微笑みと共にメインホールの大階段から降りてくる。その隣には、ゴールドの衣装に身を包んだ、アデル・マルティネスが寄り添う様に立ち、同じく会場に集まる全員に微笑みを向ける。そして2人の左右には、広報部員達も並び、華やかな笑顔を振りまいていた。
「キャアアアアアア!ジルベール様よーっ!素敵ーっ!今絶対目が合った!!」
「私、今回ダンス当選したのーっ!」
「アデル部長よーっ!!ちょっと金色過ぎない⁈」
「ねー、広報部の人達のドレス可愛いーっ!物販で売ってるのかな⁈」
こうして夜会二日目が、盛大に幕を開けた。
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