17.上陸
艦体の各処から水が噴水のように流され、飛行甲板上や各処に凝結している塩分を流している中、艦橋前のサイドデッキエレベータからVF-1ヴァルキリーが発艦準備に入ります。
飛行甲板洗浄中ですので、デッキ上には作業員はいませんし、艦首側のエレベータは僕たちが所有する機体専用ですので、作業員は配置されていません。でも、濡れるのは嫌ですので、艦橋前の放水は停止させましたよ?
「じゃあ、この島の周囲と頂上の事前確認だけだからすぐ戻るけど、宜しくね」
航空指揮艦橋から見下ろしているワイアットに、艦内放送経由でことわっておきます。彼の知らない航空機が艦載されているのは面白くないようですが、僕以外操縦できる人間がいないのですから、航空隊に同じ機体を提供するわけにはいきません。
「クロエ、なんでDM2じゃないのよ」
四人全員が操縦席におさまってから、イリスさんが尋ねます。DM2でも行けないわけでは無いと思いますが、岩の壁は三百メート以上ありますし、海面上に直立しています。恐らく垂直にそびえる岩壁に海風が当っているので、上昇気流やなんやらで島の上空は気流が悪いと思うんですよね。DM2はある意味ドローンですので、乱気流にはあまり強くありません。
「恐らく、機体が軽いDM2は結構揺れると思うんだよね。VF-1なら、上昇気流の影響はまだ少ないからね」
上昇気流とか意味が解るかは分かりませんが、きちんと答えておかないとイリスさんは後が怖いですからね。
「では、行きますよ!」
風の魔法陣を順次展開し機体を加速させると、一気に発艦したVF-1ヴァルキリーは、あっという間に視界後方にQAをおいて、門のような垂直の壁の間を通り抜けます。
その後ゆっくりと機体を旋回させると、上空から島の形がはっきりとわかりますね。
「……三日月というよりは、大きい円に小さい円が接しているような形状なんですね」
眼下に広がるグレーの岩肌と、青い海のコントラストにしばし僕たちは絶句します。今は小さな青い円の中に、白い短い直線が見えますね。
「QAがあんなに小さく……」
あぁ、そういえば前回は二人とも失神してたから、この高度からの景色は初めてなんですね。VF-1としてはかなり抑えた速度で、島の上空を飛行します。
やはり、島の頂上付近も岩肌が露出している部分が多く、土はあまり見えないですが、低木や草ははえているようですし、雨水が溜まっているのか、ところどころに青く輝く水たまりがみえます。テーブルといっても、近くで見ると岩の亀裂やでこぼこが多数あり、平らという訳ではありませんね。
「クロエ、四時方向に垂直の穴が見えます」
エマの報告に、僕たち三人がそちらの方向を見てみると、直径は二十メートルほどの黒い穴が見えました。深さは、ちょっと分かりませんね。直径が小さいので、VF-1で垂直離着陸するには危険な気がします。
「穴の周囲は、水場や植物はあまりみえないから、先遣隊の調査対象から外すとしても、調査をするなら懸垂下降必死かなぁ。もしかしたら、失われた世界とかがあるかも……」
失われた世界とは、シャーロックホームズの冒険で有名な小説家、コナン・ドイルが書いた小説です。南米のテーブルマウンテン、ロライマ山に刺激を受けたドイルが、恐竜などの古代の生物が住む世界として書かれています。
「……独自の動植物が存在することが判れば、アレキサンドリアの一部の研究者さんが狂喜しますよ……」
ユイの言葉に、イリスさんが苦笑いをしていますね。
「本国じゃなくても、うちのお客さんにいるわよ。植物プラントに案内したら、寝る間も惜しんで薬草の生育環境を整えてた変わり種がいるようだし」
へぇ、それはまた変わった人ですね。まあ、そんな変わった趣味の人となると、心当たりは一人しかありません。まあ、今はそんな事より探索ポイントを確定しておきましょう。
「ジェシー、生体反応や珍しそうな植物はありそう?」
僕の問いに頷いたジェシーが答えます。
「やはり、先ほどの穴の底には変わった植物や生体反応がありそうですが……、危険かどうかの判断はつきません。いずれにしても、足場は岩場とは言え、先ほどの穴のようにいきなり崩落する可能性もありますので、堅牢な場所からまず探索することと、小さな生物でも毒を持つものなどが考えられえますので、注意が必要です」
という事は、暗くなる前に確実に帰艦させないとですね。暴走するような人間は避けた方が良いかもしれませんね。
*****
「分かった、行こう」
……二つ返事ですか。簡単な状況説明だけで、容易くうなづくとは、研究馬鹿は恐ろしいものですね。アルバートといった薬師の男性を見ながら、僕は思わず頭を抱えてしまいます。草や木などに興味を持つ人など、他に居ないので選択の余地がなかったのですが、不安が募りますね。
視線をイリスさんに移すと、肩をすくめたイリスさんが、絶望的な顔色になっているドーラの肩を軽く叩いています。
「悪いけど、お目付け役をお願いね。護衛はデーゲンハルトとサンドラを衛生科からつけるわ。岩場が多いので、山岳地帯に慣れているクラリスとコリーヌさん、航空科からはライラとワイアット指令自らが出向くそうよ」
「女性が多いのが気になりますが、戦力としては過剰戦力ですね」
イリスさんの言葉に、ユイも賛同していますね。大型の飛空艇ですから、上昇気流を考慮しても問題はないでしょうし、ワイアットがいるならアルバートとかいう薬師も暴走を止められますよね? 一応彼も青家のはずですし……
「ワイアット航空指令、くれぐれも安全第一でお願いしますよ。あくまでも、今日は先遣調査ですからね? 今日は撮影と周囲の環境の確認を中心に作業をして下さい。島の環境破壊をしないように、ゴミや汚物・糞尿の廃棄はしないようにお願いします。軽食も機内で摂るようにして、飲料水以外は機体の外に持ち出さないようにお願いします。
帰艦後は第二種防疫検査を受けてもらいますので、衣類は機体内で着替えて、艦内に微細な花粉すら持ち込まないように……」
多少心配ですが、着艦前に殺菌や滅菌を掛ける事を伝え、研究用の撮影機材をアルバートとドーラの二人に貸し出します。行動記録用に、一般用の撮影機材はワイアットとクラリスさんに貸し出します。一般用は、あまり深く考えずに、周辺や先遣隊の行動をとればよい事も伝えると、クラリスさんも気が楽になったようですね。
「記念写真をとる感覚で、適当に撮影してきていいですからね? 大型の生物は確認できませんでしたが、未知の生物は居るかもしれませんので注意してください。極力、それらを刺激せずに、無事に帰還する事を考えてくださいね」
護衛のデーゲンハルトやライラさんにも、一応注意をしておきます。相手が宇宙人ではありませんが、ジョーゼフ・アレン・ハイネック博士の接近遭遇を元に、第一種接近遭遇から第三種接近遭遇までを、先遣隊に説明済みです。
相手に攻撃された場合は、死ねとまでは言いませんが、戦闘を極力回避するように指示は出してあります。多少の怪我があっても、医療班の要員が多いので問題は無いと思います。
「ワイアット航空指令、頂上では天候の急変などが予想されます。非常の場合には、信号弾を打ち上げて即離脱してください。あと、みなさんワイアット航空指令の指示に従うように」
しつこいほどの僕の言葉に、みなさん苦笑いを浮かべていますが、用心に越したことは無いんですよ? 何が起きるかわからないのですから。
「クロエ、それはフラグを立てたっていうんじゃないの?」
ぐっ、イリスさんに言われてしまいました。意味が解るのは、ユイとエマ、ジェシー位でしょうけど、なんか悔しいですね。僕たちの見守る中、ワイアット航空指令が操る大型の飛空艇は、島の調査のための先遣隊を乗せて、ゆっくりと飛行甲板を飛び立ったのでした。




