16.孤島
垂直に切り立った岩の門を抜けると、そこは直径五百メートル程のほぼ丸い形をした湾でした。崖の高さは三百メートル程あり、湾の中に入ってしまうと、日光は当たりませんね。上空から見ると、西側に口の開いた三日月の形をしている島でした。
「はぁ~、確かにこれだけ切り立っている崖では、登坂は難しいですね」
思わずつぶやいた僕の言葉に、航海長が同意します。
「湾の内側も外側もほぼ垂直に崖が切り立っており、水深も急激に深くなっているために、船を寄せる場所もありません。
湾の東側に、降雨の後に滝が現われますが水量はそれほど多くなく、淡水の確保も難しい事もありますし、湾に入ってしまうとほぼ風がありませんので、普通の船では航行が難しいのです」
航海長のいう通り、島の東側には昨日の嵐のせいでしょうか? 水が滝となって落ちるのが見えますが、雨が降らない限り確かに水は見込めなさそうですね。
崖もところどころに棚状の場所が見えますが、海面からかなりの高さにあるために、ロッククライミングの技術が無いと、登坂は不可能のようですね。それに、周囲を囲まれてしまっているので、水上レーダーも気象レーダーも使用が制限されてしまっているというより、使用不可に近い状態です。とはいえ、昨夜の嵐のために、QAといえど、乗組員自体は疲労していますので、休憩を兼ねて艦体自体のチェックも必要です。僕は少し考えながら、ワイアットに確認します。
「航空指令、二時間程度の休憩を挟めば、この島から12カイリ以内にいる他船の状況を確認するために、飛行隊を飛ばすことは可能ですか? 二機同時に飛ばす必要はありませんので、交代しながらでもよいのですが」
昨夜の嵐は大きかったので、難破している船の有無は確認が必要でしょう。救援の要否も含めて、状況の確認は行う必要があります。僕の問いかけに納得したワイアットは、乗員の状況を確認しだい周囲の船の状況を確認してくれるようです。
話は変わりますが、本来嵐などで船が難破した場合、大抵助かる事はありません。荒れ狂う波が敵となるのは勿論ですが、鮫ばかりではなく海棲の肉食魔獣も現われるからです。
海に落ちても、運が良ければ人魚族や魚人族に助けられることもあるかもしれません。場合によっては繁殖相手にさせられて帰って来れない事もあるかもしれませんが……
船に積まれた商品は、海に沈んでしまえば人魚族や魚人族のモノになるか、沈んだ財宝として新たな所有者が見つかるまで、海底で眠りにつくかもしれません。
浜辺に打ち上げられれば、近隣の住民が『難破船略奪者』となって現われ、獲物を略奪していきます。
船材は斧で壊され、薪や建材行きですね。死者からも、虫の息の生者からも、衣類や装飾品はみぐるみ全てはがされてしまいます。指輪を奪うために、指を切断されてしまう事もあるそうですよ。人魚族の方々に、陸人は残酷だと言われてしまいますが、それでも証拠隠滅のために、死体は浜辺に埋められてしまうのが幸いといえば幸いかもしれません……
ちなみにアレキサンドリア海軍では、海難者を救助するに当たって、ルールが決められています。
一つ目は、相手の船が自力航行可能な場合の救助は行いません。医薬品が必要な場合は、ある程度融通することは許されていますし、怪我人であれば状況によっては治療をします。自力航行が可能でない場合、自船に搭載されている小型艇を曳航するくらいですね。これは、あくまで自船の安全を確保しての話ですので、伝染病などの疑いがある者は救助できないのです。
二つ目は救助のお礼は、食料や水・エールなどの消耗品を頂くことは許可されていますが、商品などの受領は禁止されています。所有権で争うのは、貿易立国としては得策ではありませんからね。
三つ目は、海難者を救助した場合は、救助地点から最寄りの港町までの曳航がメインとなります。たとえ、どんな小さい漁村だったとしても、そこから先は船主や船長の意思で決める事であって、アレキサンドリアとしては人や商品の運搬はしない事になっています。
***閑話休題***
そういえば、折角陸から隔絶している島に寄ったのですから、この島の状況も確認しておきましょう。人が立ち入った事が無いのであれば、珍しい動植物が存在するかもしてません。崖の登坂は無理でも大型の飛空艇であれば、島の頂上の様子などを確認することもできます。
「イリスさん、島の頂上部の植生調査も行っておきましょう。まずは先発隊として、動植物に詳しい乗組員を二名選抜してください。護衛も兼ねて、疲労が少ない冒険者の方も二名程度つければよいかと。あとは、この調査結果を見て、後続の調査隊を送るかどうか決めればいいと思います」
人選はイリスさんにお願いして、その他は各班長の指揮の元で、艦内の点検や整備を行ってもらいましょう。その間に、僕は一足先に島の安全確認に……
「艦長? 単独行動は慎んでくださいね?」
「……えっと、船務長。エマとジェシーがいるから平気だと思うんだけど……、艦は安全な場所に停泊中だし、なにかあればクイーンから連絡が入るからすぐに戻れるし……」
うっ、ユイに先読みされてしまいましたね。でも、こういった頂上がテーブルマウンテンの様な島は、簡易のレーダー施設の設置場所には非常に良いと思うんですよね。嵐の把握なども早くできますし、人が登れないのであれば施設を作っても荒らされない可能性が高いですしね。それに、海上レーダーにしても、気象レーダーにしても高さが高い方が電波の到達距離が延びます。台風なのかハリケーンだったのかは分かりませんが、より広域をとらえる事によって、嵐を避ける事も可能となります。
僕がシドロモドロに答えると、ユイはにっこりと微笑みます。むぅ、これは連れて行かないと駄目ってことですよね。仕方がありませんね、ここでごねても時間の無駄になりそうですので、諦めましょう。
「航海長、僕たちは至近距離の確認に行ってくるから、何かあったらクイーン経由で連絡して。じゃあ、行きますよ、ユイにイリスさん?」
僕の声に、艶やかにほほ笑むイリスさんとユイの姿が映ります。あ~、先発隊にはカメラを持たせる必要があるかなぁ。植物に詳しいとなると、エルフ族の血をひくドーラと、薬師の男性かなぁ。最近、ちょこちょこ薬師の男性が出てきますが、僕は人の名前を覚えるのが苦手なんだよね。まあ、直接絡んでないから仕方ないですよね。




