06.ディランとライラ
「なぜ僕がこんなことを……」
「……それは私が貴方に問いたい……」
艦橋直前の飛行甲板上で、二つのバケツに水をなみなみと満たして、乗機を洗浄しているのは、一番機に搭乗していた二名の乗員、操縦士のディランと砲手のライラの二人だ。
「僕に問われても困る。そもそも、僕たちの機体を汚したのは右舷二番魔導砲の連中だし、二番機だって演習弾を被弾して、赤く染まっていたのに、機体の洗浄なんてやってないだろ。
なぜ僕たちだけが、機体の洗浄をさせられているんだ?」
ディランのは発言は、全てが誤っている訳ではない。つまり、機体を汚したかどうかは、関係無いという事である。彼の言う『素晴らしい操縦』とやらが今回の懲罰の原因であるのだが、ディランは理解していないらしい。
ライラが言葉少なげに質問したのは、艦橋の前に機体を落とした直後、機首を艦橋側に向けずに、なぜ操縦席の風防を開いたのかである。一番機に搭載されている魔導砲は、機首に固定されているため、目標に機首を向けなければ攻撃はできない。
「……あの場で、機首を艦橋側に向けてくれれば、攻撃は可能だった……」
ジト目でディランを見ながら、ライラはそれを指摘する。そうすれば、艦橋への攻撃を行った後、即座に離脱することは可能だったはずである。そんなライラの様子を全く意に介さずに、ディランは答えた。
「なにを言っているんだい。僕はとても格好が良かっただろう? 僕の操縦技術の素晴らしさは、艦長を始めとする士官のみんなには伝わったはずさ。
君も、僕の操縦する機体の砲手を務める事ができるなんて、光栄だろう?」
攻撃に不要な艦橋前でのホバリングといい、風防を開けてディランいわく、優雅な挨拶を艦橋にいる士官たちに見せつけることが、彼にとっては重要な事であり、無駄なカッコつけのために機体が撃墜判定させられた事は重要ではないらしい。
代償として、赤い塗料は操縦席内全般を染めてしまい、計器類の数値すら確認できない状態である。
幸い、風防は操縦士の乗る前席と、砲手の乗る後席の独立タイプであったため、ライラの身体は染料で染められる事はなかった。しかし、操縦席側はまともに水槍の直撃を受けたために、操縦桿やスロットルレバーなどの可動部分にすら入り込み、簡易に作られている座席さえも朱に染まっていた。
そして問題だったのは、QAでは機体は搭乗者の専用機ではない事ではある。
ライラたちの搭乗する一番機は、少ない機体を効率的に運用するために、三組の操縦士と砲手が一機の機体を共有している。
そのために、飛行不能な状態の一番機は、他の二組の操縦士と砲手の訓練予定の変更を強いており、航空隊の中でも今回の事件によって、ディランとライラへの視線は冷たいものが多い。まあ、ライラは巻き込まれただけなので、皆のライラへの視線は、同情的な視線が多かったのだが……
既に機体を洗い始めてから二時間が経過し、日は西の水平線に没しようとしている。しかし、機体の洗浄は外装がなんとか五割を終え(ライラがほぼ一人で洗浄した)、操縦席は二割程度の洗浄が終了したところであったが、日が沈めば甲板上での洗浄作業は難しくなるであろう。
反省する様子もなく、いい加減な態度で操縦席周りの洗浄しかしないディランに対し、更にジト目を深めたライラは、危なく右手に握った機体洗浄用の魔物をディランの顔面に叩きつけるところであった。
ライラが右手に握っているのは、『マジカルビロードウミウシ』と呼ばれる、ほぼ無害な魔物である。
『マジカルビロードウミウシ』の外見は、地球の生物でいえば、ゴマフビロードウミウシと呼ばれる生物に酷似しており、一見モフモフした小さなウサギの様に見える生物である。小さいながらも弱い水魔法を使用し、常に水分を含むので、雑巾替わりに使用することができ、とても便利な存在であった。
魔物に分類されているのは、触れている生物の魔力を常時吸うからである。しかし大人であれば、数十体にまとわりつかれない限り、命の危機にすらならず、本体自体の生命力も強い。仮に完全に放置して、干からびてしまったとしても、魔力を含んだ水に浸けておくだけで復活するのだ。何より見た目が可愛いいし、手触りがビロードの様であるため、少なからず女子に人気のある生物であった。
しかし、その可愛さ・便利さを兼ね備えた存在をもってしても、赤く染まった機体の色を落とすのは容易ではない。ペイント弾に使用された塗料は、本来水溶性のものであったが、魔導砲の二連射によって、機体後部からほぼ全面が染まっていたからであった。
QAでは、乗組員は三班編成で『任務 → 自由時間 → 睡眠』を各八時間、一週間単位でローテーションする編成で、二十四時間体勢で行動するようになっている。自由時間といっても、トレーニングルームなどでのエクササイズや、各個人の研究などの時間であり、食事や入浴といったこともこの時間内でおこなわなければならず、艦内での貴重な時間であった。
出港してから二日目にして、今後の事を思うと絶望的な思いに囚われそうなライラであったが、どうやら救いの手が差し伸べられたようである。
「ライラ・スライ砲手、機体の洗浄状況はどうだい?」
表情は笑みを浮かべつつも、その目は笑っていないワイアットが、ディランとライラの前にやってきたのである。慌ててライラは敬礼するが、ディランは軽く舌打ちして、そのまま洗浄作業を続けている。
「……なんとか外装の五割は洗浄を完了しましたが、操縦席側は……」
質問に答えるライラに、ちらりとディランを見たワイアットではあったが、まずはライラに労いの言葉をかけた。
ライラ・スライはリアンやワイアットと同年の十八歳であり、家系でいえば紅家の系譜に連なる。風と火の魔法に通じており、QAに配属される以前は、アレクシア直属の攻撃魔法部隊に所属していた才媛であった。
「……貴女も災難でしたね。残りの機体の外装の汚れは、洗浄魔法を使用しても良いとの艦長の許可がでたから、ライラ砲手はここまでで良いよ。後の洗浄は整備班が引き受ける。
それで、明日の当直までに、今回の訓練に対する一号機の行動記録を簡単にまとめて提出してください。
ディラン、君は操縦席の洗浄が五割になるまでは洗浄作業を継続すること。あと、今回の訓練の始末書を詳細な形で、明日の当直までに提出してくれ。これは、本国へも提出する正規のものなのだと伝えておくよ」
機体の洗浄を整備班が引き受けると聞いた時点で、『マジカルビロードウミウシ』をバケツに放り込んで歩き出していたディランに対して、ワイアットは釘を刺した。
もともと、自分に責任は無いと思っているディランは、これに反発する。
「航空指令、今回の事件では自分は被害者であり、罰せられるべきは右舷二番砲塔を操作していた連中でしょう。なぜ、自分が始末書を提出しなければならないのか、理由を説明してください」
そんなディランを、ワイアットは更に冷たい視線で見つめた。ライラが敬礼をしてその場を立ち去ると、あらためてディランに対して言葉を紡いだ。
「これは驚いたな。そんな誰にでもわかる事が君にはわからないというのかい? 自分が正しいと思うのなら、ライラと同じように状況説明書でも、弁明書でも好きな形式でだせばいいさ。ただし、君が行った行動とその理由がきちんと書いて無ければ、受領はできないよ」
そう言うと、さっさと艦橋へと歩き出したワイアットだった。その背中をにらみつけていたディアンであったが、整備班が機体の移動を開始すると、首を一つ振ってその後をついていく。その両手にバケツをもって…




