05.仮病ととばっちり
(なんでこんなことに……)
アルバートは、病室のベッドの上でうめいている二人の男をみて、内心毒づいていた。QAに乗艦したアルバートは、薬師という立場もあって衛生科に所属されていた。
衛生科は第四分隊であり、白家イリスが統括している。直接の上官はカレンであり、隣に立つ冒険者の男、確かデーゲンハルトと名乗った男と二人、船酔い患者に対して食事の補助を仰せつかったのである。
食事を台車に乗せて運んできたドーラとカレンが、ベッドサイドのスイッチを操作すると、背中に当たる部分が自動でせり上がり、身体をおこすのに十分な形状にベッドが変形していく。
病人などが身体を起こすのが楽なように工夫された介助用のベッドが、QAの病室には装備されているのだ。
「おぉっ!! これはすごい!」
声をあげるデーゲンハルトと同様に、アルバートはQAの装備に内心舌をまいていた。これらの医療用の装備は、艦長のクロエが発案し、白家のイリスやリリーを巻き込んで、紅家のエリックが制作したらしい。
始祖四家は、本来それぞれの家単位で独自に行動していたが、近年四家が連携して動くようになってきたとの噂は、どうやら真実のようだとアルバートは確信する。
とはいえ、これからアルバートとデーゲンハルトが行うのは、二人の男性患者への食事の補助である。しかもカレンとドーラが見ている前で、一体何が悲しくて男同士で食事の世話を焼かねばならないのか、一体どんな罰ゲームだとアルバートは内心毒づいていた。
自分の隣で、微妙な顔をしているデーゲンハルトも、多分同じ思いのはずである。アルバートは十数分前に、デーゲンハルトと二人でカレンに呼び出された事を思い出さずにはいられなかった。
「デーゲンハルト、アルバートの二人に特別任務があるんだが、異論はないな?」
衛生科に配置されたのは、二人の他にも、サンドラ、クラリス、レギニータといった綺麗どころであり、他の男性乗組員からは嫉妬や羨望の目で見られていた。
衛生科は女性ばかりなので、男性の自分とデーゲンハルトは力仕事や雑用などが周ってくるものと想定はしていたのだが、昨日今日と押しかける男性の船酔い患者の応対が、二人の仕事となっている。
「さぁ、食欲は無いと思いますが、少しでも食べないと体力が落ちるのであります。まずは、この特製ゼリーから口に入れるのであります」
二人への特別任務とやらは、船酔いで苦しむ男性乗組員二名の食事の世話であった。さすがに出港二日目ともなると、船酔いを口実に衛生科を訪れるものは少ない。
そして、青家の系譜に連なるものは、例え陸上勤務が主だとしても、船酔いになったなど口が裂けても言わない。そんな事をすれば、一族から恥さらしだの罵倒されること間違いなしである。当然、青家以外(主に紅家だが……)の人間は、船酔いになったとしても恥ずべきものではないが、処女航海を終えた先輩や上官は何をしていたのかと、実は士官内でも問題視されていることを、末端の乗組員はしらなかった。
しかしこの二人は、女性の多い医療区画に長居できる名目になると思っているのか、前日より明らかに良い顔色ながら、不調を訴えて病室を占領していたのである。
アルバートの目から見ても、彼らは明らかに仮病ではあったが、女性との接触を求めて病室に居座り続ける二人は、意に介した様子はない。彼らからすれば、女の園に存在することを許された二人の男なぞ、邪魔者以外の何ものではなかったのだから。
デーゲンハルトが差し出すスプーンには、酔い止め効果のある特製ゼリーなるものがすくわれており、今まさに親鳥に餌をもらう雛のように口にいれられようとしていた。
男性患者二人も微妙な顔をしていたが、ここで自力で食事ができるようであれば病室にいる理由がない事がわかるのだろう、諦めた目で、おとなしく口を開いている。内心でため息をつきつつも、上官命令を実行するアルバートである。
食事を病室まで持ってきたドーラに、お願いしたかったのであろうが、一緒にいるのが副長であるカレンでは、言い出せる訳もない。四人の男たちは、一様に内心でため息をつきながら、罰ゲームのような食事を無言で続けさせられていた。
女性二人の注目の中、ようやく食事が終わると、二人の病人にカレンが折りたたまれた紙片をそれぞれに渡し、にやりと笑みを浮かべて病室を退出していった。ドーラも同様に出ていくが、部屋を出る際にアルバートとデーゲンハルトに小さく手をひらひらと振っていったのには何か意味があるのか……
深く考えてもどうせわかりはしないかと、アルバートは頭を振った。視線を男たちに移すと、カレンに渡された紙片を見ていた男たちは、顔を見合わせた後で慌てて動き出した。
「え、具合は大丈夫なのでありますか? 無理はしない方が良いであります」
デーゲンハルトの言葉にも、男たちは慌てて「もう大丈夫だ」といいながら、病室を出て行ってしまった。呆気に取られていた二人であったが、その場にクスクスと笑いながら、ドーラが現われたので、二人の病人が慌てて病室を出て行った事を伝えると、艶やかにほほ笑んだ。
「気にする事はあらへんどすえ。お二人も気づいとったやろうけど、あの人たちは仮病を使うとったんどすさかい。
任務に着けへんようであれば、上官の判断の元にアレキサンドリアに帰還してもらうって書いてあったメモをみて、逃げて行っただけどすさかい」
彼らに食べさせていた特製ゼリーとやらは、そんなに効果が高いのかと気になったデーゲンハルトがドーラにたずねると、あっさりとあれは偽薬だという。
「体調がええ人飲むと、大人しゅうしてると体に問題がでるちゅう薬やと書いてあったんどすえ。実際は只の胃薬に、少しカプサイシン混じってるくらいや、少しは脅しになったようどすなぁ」
そう言いながら、ドーラは手慣れた様子でベッドを正位置に戻すと、手早く食器を回収して給仕用の台車へと乗せた。その後、シーツや枕カバー、使用された毛布を男たちの寝ていたベッドから外した。
その手際の良さに、デーゲンハルトは感心しながらその様子を眺めていたが、やがて顔を赤らめて慌てた様子で、隣の医療用ベッドのシーツやまくらカバーを外し始める。
ドーラは外した枕カバーやシーツを、ベッドの上に折りたたみながら、二人に声をかけた。
「ほな、寝具類は滅菌室に運んどってとぉくれやす」
歩き出したドーラに対して、デーゲンハルトは改まった口調で、「了解であります」と言葉を返したが、一瞬ドーラがデーゲンハルトをねめつけていったように見えたのが気になっていた。
ドーラの姿が部屋から見えなくなると、デーゲンハルトは大きくため息をついて、肩を落とす。デーゲンハルトの様子と、先ほどのドーラの視線が気になったアルバートは、デーゲンハルトに尋ねてみた。
「ドーラ嬢に、にらまれていたようだがどうかしたのか?」
アルバートの問いに、デーゲンハルトは頬をかきながら、きまり悪そうに答えた。
「……いや……、他意は無かったのですが……医療班の方々は、制服が皆さんと違っているで……」
そこまで答えて黙りこくってしまったデーゲンハルトの言葉に、ドーラの姿を思い出したアルバートは苦笑する。
QA正規の医療班の面々は、黒のインナーに白のパンツ(パンティーではない)の上に、白のドクターコートといった、医療用の薄手の白衣を着用している。
そして、ドーラはエルフとのクォーターであり、エルフの端正な顔立ちをしていながら、種族特有のスレンダーな体型ではなく、グラマラスなスタイルであった。コートの前ボタンを、普段はかけていないのは、胸元の締め付けを嫌っての事だろう。
そんなドーラが前かがみに作業をしていたのを、見るとはなしに見ていたデーゲンハルトは、位置的にかがんだドーラを上からのぞき込む形になり、傍から見ると胸元をのぞき込むように見えてしまっていた。
それを本人も気付いて慌てて視線をそらせたのだが、ドーラにはしっかり見とがめられたようであった。
「……しばらくは視線が冷たいかもしれんが、今回だけなら大丈夫だろう、多分な……」
仮病を使っていた二人のせいで、とんだとばっちりを喰らったデーゲンハルトであったが、アルバートはあいまいに慰めるしかなかったのであった。
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誤字の指摘をいただきありがとうございました。多少なりと反応があると、つたない作者とはいえうれしいものです。
他で公開済みのパートを再掲載する形でしたが、自分自身でも誤字の確認をして、少しでも読みやすいようにしていければと思っております。年内は平日掲載予定となっておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。




