76.帰港、そして……
「前方、0時方向にファロス島大灯台の灯かりを視認。距離22海里程です」
見張り員からの報告に、艦橋内にホッとした空気が流れます。現在の速度は、原速(12ノット毎時)ですから、時間的には二時間弱で帰港できる計算です。
「まだホッとするのは早いですよ。おうちの玄関をくぐるまでが遠足です。座礁なんてさせないように、気を引き締めてください」
時刻は現在21時をまわっていますので、深夜の到着ですが、今日は12月の最終日、明日からは新年祭ですからね。予定より10日程遅れての帰還です。
海賊討伐と、アネル・デュプロの租借に関しての手続きなどもありましたので、手間がかかってしまいましたが、アレキサンドリア側も得るものが多かった航海になったはずです。
「クロエ艦長、深夜の河港への入港は危険が伴います。今晩は、河口沖で停泊し、早朝に入港した方が良いでしょう」
オスカー副長の仰ることももっともですが、それだと皆さん新年祭に間に合いませんね。少し考えて、ワイアット航空指令に確認してみます。
「ワイアット航空指令。アレキサンドリア上層街の専用ポートへ、夜間の大型飛空艇の着陸は問題ありませんか?」
ワイアットは少し考えて答えてくれます。
「今から連絡をして、専用ポート側の体制を整えていただければ可能ですが、防疫処置などは問題ありませんか?」
「艦内での防疫処置には、問題はありませんわ。むしろ地上にいる時よりも、皆さんの健康状態は把握されておりますわ」
イリスさんの言葉に、すこし引きますが問題は無いようですね。
「オスカー副長、当直外の者から順次飛空艇での帰還を行わせたいのですが、問題ありませんか?」
艦内は通常の哨戒配備であり、3交代での勤務となっています。2組は現在待機状態ですので、近海に脅威が迫っていなければ、彼らは先行して帰港してもらっても問題はないでしょう。せっかくのお祭りですし、家族とのんびりさせてあげたいですしね。
「本来は、問題があると言いたいところですが、クロエ艦長の配慮に感謝するものも多いでしょう。私も、せっかくの提案を蹴って、皆に恨まれるのは困りますからね。大丈夫でしょう」
僕はクスリと笑みをこぼします。きっと後から軍に怒られるかもしれませんね。その時は僕がわがままを言ったという事にしておきましょう。
そのまま、船務長であるユイに艦内放送をお願いし、ワイアット航空指令にも帰投準備をお願いします。
『これより30分後から、アレキサンドリア上層街への帰投用飛空艇が発信いたします。当直外の者で、帰投を希望する者は帰投準備を整えた後、各班長に申請してください。班長は受理した帰投希望者を、船務長に報告願います』
艦内の各処で、歓声が上がった気がしました。
*****
アレキサンドリア河口から500m程離れた沖合で、『QA』を停泊させた後、飛空艇の最終便が出発しました。
僕は飛行甲板上で、最後の便が出発するのを見送ります。アレキサンドリア領海内とはいえ、艦を無人にする訳にはいきませんしね。
僕は傍らにたたずんでいる二人を見て言いました。
「二人とも、帰ってもらっても良かったんですよ? せっかくのお祭りなのに……」
「今更何をいってるのよ。毎年3人で花火をして、おしゃべりして新年を迎えていたんだから、今年も同じに決まっているでしょう?」
「そうですよ。そのまま、こたつやお布団で寝るのは楽しいんですからね」
イリスさんとユイは相変わらずですね。エマとジェシーのその背後でほほ笑んでいますし、確かに毎年一緒でしたよね。
「じゃあ、個人的な船上パーティーといきましょうか」
既に停泊配備にして、リンクモードを設定してありますからね。宴会をしても問題はないでしょう。
「『QA艦外照明システムアクセス』 艦外灯全点灯。電灯艦飾・満船飾モードに移行。飛行甲板上に遮熱フィールド展開、気温26度設定」
僕の指示で艦全体に灯火が灯り、きっと港からはきれいに見えるでしょうね。南国から戻ってきた身体には、12月の外気はとても寒く感じますからね。寒空の下でのパーティでは興がそがれますし。
そのまま甲板上にささやかなテーブルを用意して、さまざまな料理を並べます。ユイもイリスさんも、こちらの世界では成人済みですから、弱めのお酒も用意してあります。アルムニュール国で仕入れた果物を使用した、テキーラ・サンライズやテキーラ・サンセットモドキのアルコールが弱めの飲み物です。
お酒は仕込みに時間がかかるのが難点ですが、時間系の魔法は使えません。熟成が足りないと、口当たりがまろやかじゃないらしいですね。アレクシアさんに言われていろいろ研究していたのですが、実は解決策を見つけたのです。
それは、収納空間を使用する方法なのですよ。一般的な収納空間は、時間経過がありませんが、開く空間を調整することで、時間の経過が早くなる空間に収納領域をつくることで、中に収納したものに対して、時間経過を早くすることができたのです。
1日で1年進む空間と、1日で10年進む空間に収納領域をつくりましたので、10日もあれば100年物の熟成の進んだアルコール飲料が出来上がります。あとは程よく熟成の進んだアルコール飲料を、通常の収納空間に移せば完了です。
グラスを三つ用意して、3人分には多すぎる料理をテーブルに並べて、恒例の花火も準備してと、お楽しみの始まりという時でした。
「おいおい、俺らを追い出してずいぶん楽しそうな事してるじゃん」
むぅ、なぜ君がいるんです? リアン……
リアンは、僕たちの視線が集まっているのを見て肩をすくめます。リアンの背後には、アーシャもいますね。
「おいおい、機関長が帰港するまで艦にいるのは当たり前だろ? 副機関長は監視だとかいってるけどな……」
「当たり前ですよ、艦長や船務長、衛生長の女性三人だけに、機関長一人じゃ危ないじゃないですか」
……いや、そこに副機関長が入っても、事態は悪化する気がするのですが……まあリアンだけ最後に拘束すればよいですかね。
「機関長、アーシャは良いとして女子だけの集まりに、男子一人混ざろうなんて、いい度胸じゃなくて?」
イリスさんが低い声でうなりますが、リアンは平気な顔をして言いました。
「誰が俺だけだといったんだよ、そろそろ来たようだぜ?」
そう言って、上を指さします。上空には、乗組員を乗せて上層街のポートに向かったはずの大型飛空艇が浮いていて、着艦する為に徐々に降下してきています。
「……ワイアット航空指令もグルですか。君たち示し合わせましたね?」
僕たちの敵意に満ちた視線の中、艦尾に大型飛空艇が着艦します。搭乗口が開き、降り立ったのはワイアット航空指令だけではありませんでした。
「……アレクシアさんにリリーさん、イェンさんまで」
僕たちが絶句していると、にこやかな笑顔でワイアット航空指令がのたまります。
「艦長達だけで毎年お楽しみだったのは知っていましたからね。どうせ今年も御三方で楽しむのでしょうから、われわれも含めて今年はねぎらっていただこうかと思いましてね」
「そうよ~クロエちゃん、今年は大騒ぎしても問題ない場所があるんだから、利用しない手はないでしょ? クロエちゃんの治療のお礼も、私たちはまだしてもらってないしね?」
はぁ、わかりましたよ。でも、リアンとワイアットは仕方ないとして、オスカー副長が哀れな気がしますね。家に帰っても、リリーさんもイリスさんも居ないなんて……なんて、哀れな。
まあ、仕方ありません。オスカー副長の冥福をお祈りしつつ、時間も迫っていますし開始しましょう。
こうして、身内+お邪魔虫含みでのささやかな新年祭パーティーが開始されました。




