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空蝉  作者: 日下部良介
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第七節 変異

第七節 変異


 奈央が代官の血を引いているのはよく解かった。けれど、それだけでは納得できない部分も多々ある。佐和さんが奈央によく似ていることもそうだ。佐和さんは栗林家の血を引いているのだから奈央とは血縁関係は無い。他人の空似だと言われればそれまでだけど、もっと深いつながりがあるのではないか…。そんなことを考えた瞬間、佐和さんが語りかけてきた。

「そうね。裕さんの疑問は当然だと思うわ。それを今から話すのだけれど、その前に私のことを少し話しておいてもいいかしら?」

 僕が口に出して言ったわけでもないのに、佐和さんは僕の胸の内を察していたようだ。まるで、心が読めるように。でも、まあ、考えてみれば当然のことか。僕たちは意識を共有しているのだから。ということは奈央にも…。こりゃあ、変なことを考えるとヤバいな。

「どんなことを考えようっていうの?」

 奈央が睨んでいる。

「いや、なんでもない」

 そんな僕たちを見て佐和さんは笑っている。そして、再び話し始めた。

「さっきも奈央さんを通じて話したけれど、栗林の家は強い霊力を持っていたの。そして、男の遺伝子が強いのよ。霊力は女には受け継がれないから必然的に男が産まれるように遺伝子操作がされていたのだと思うわ。実際に、私以降、栗林家には女の子は生まれていないでしょう?」

 確かにその通りだった。親戚も含めて栗林側の家には女の子が居ない。

「私は突然変異体だったの…」

 佐和さんはそう言うと、自分が産まれた時のことから話し始めた。



 栗林毛に受け継がれてきた霊力は女には受け継がれない。

 私は男として生まれてくるはずだったのよ。けれど、生まれた時には女の体をしていた。両親はがっかりしたわ。とくに父は…。



「父親って、あの幽霊のおじさん…」

 僕が途中で口をはさんだので奈央が脇腹に肘を入れてきた。

「黙って聞きなさい」

 どうにもおかしい。僕にだって奈央の意識が感じられてもおかしくないはずなのに、奈央の突然の攻撃が全く読めない。

「いいから!」

「は、はい…」

 佐和さんが笑いを堪えているのはよく分かるのに…。



 特に父は落胆していたわ。長い間、子供が出来なくてようやく生まれた子が女の子だったから。けれど、私が産まれてしばらくすると、父の顔から落胆の色が消えていったわ。感じたのよ。私から強い霊力を。

 父は覚悟を決めて私を跡継ぎとして育てることにしたみたいなの。ところが、その後、立て続けに男の子を二人も授かったのよ。すると、当然だけど、父は長男である上の弟をひいきするようになったの。弟には私ほどの霊力はなかったのだけれど、父は心血を注いで弟の霊力を高めようと必死で修業させたわ。その甲斐あって、弟が成人する頃には父にも引けを取らない力を身につけていたの。

 後継ぎから解放された私は普通の女の子として気楽に育てられたの。15になった頃からは父の仕事を手伝って代官所の炊事場で働くようになったのよ。普通なら、15にもなれば縁談の一つもあるのだけれど、両親は決して私を嫁にやろうとはしなかったの。力が栗林の家以外に流出するのを恐れたから。代官所の炊事場に入れたのも外の男の人と出会う機会が殆どないからだと思うわ。だから、私がお代官様の前に膳を運ぶことさえ、父は許さなかったのよ。ところが、あの日は多くの人が流行り病で寝込んでいて、人手が足りなかったものだから、父も渋々、私にお膳を運ばせたのよ。お膳を運ぶのは女に役目だと決まっていたから。後は知っての通りなんだけど…。



 そこまで聞いて、僕はまた口を挟もうとしたのだけれど、すぐに思いとどまり、奈央の方を見た。案の定、奈央は拳骨を握っていた。

「分かってるって!だけど…」

 すると、佐和さんが僕と奈央の間に入って来た。

「ごめんなさいね。裕さんが知りたいのはこんなことじゃないのよね…」

「そうじゃないのよ。裕がせっかちなだけだから。佐和さん、気にしなくていいから続けて」

「奈央さん、ありがとう。確かに、裕さんが思ったように、ここまでの話は私の生い立ちで、どうして私と奈央さんがそっくりなのかの説明にはなっていないものね。率直に言うと…」

 佐和さんが先に結論を言おうとするのを奈央が止めた。

「佐和さん、いいのよ。順を追ってきちんと聞かせて」

 佐和さんは頷いて話を続けた。



 私と鎮勝様の仲を反対したのは奥様ではないと思うの。それはきっと、父に違いないと思っているのよ。



 僕は驚いた。さすがに、この話を聞いたら奈央も驚きを隠せなかったようだ。奈央の狼狽え具合が手に取るように解かる。奈央はバツの悪そうな表情を隠すように下を向いた。



 鎮勝様の奥様はお体が弱かったから、鎮勝様の行いに口をはさむ気力も無かったのよ。側室のことについても、鎮勝様のなさることには何一つ文句を言わなかったのだから。

 私、鎮勝様から、何も心配はいらない。決して悪いようにはしない。そう言われていたんですもの。だから、薄々は感付いていたの。だから、自分の血を呪ったわ。この血のおかげで女としての幸せは一生掴むことが出来ないと悟ったから。その頃には、生まれたときに有った霊力なんて消え失せていたのに。

 私は納屋に有った大鎌で自分の首を切り落としたの。これで楽になれると思ったのよ。でも、その瞬間、私は見たのよ。首の無い私の体が納屋の土間に倒れているのを…。



「ちょ、ちょっと待って!」

 僕はそう言うとベンチから立ち上がった。呼吸が苦しくなったからだ。怖さや気味の悪さもあったのだけれど、なんとも言えない切なさに心臓が押しつぶされそうな感覚を覚えたからだ。僕の横では奈央も胸に手を当てて、ぜいぜい言いながら苦しそうに息を吐き出している。

 佐和さんはそんな僕たちを優しく抱きしめてくれた。





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