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空蝉  作者: 日下部良介
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第六節 縁(えにし)

第六節 縁(えにし)


 晩年の鎮勝は他の何人かの旗本と同じように静岡に移り住み、蒲池鎮克と名乗っていた。南筑後地方で勢力を持っていた戦国大名、蒲池鑑盛は曾祖母の先祖にあたる。

静岡の屋敷で身の回りの世話をしていたのが地元商人の娘で多恵(たえ)といった。多恵は15で三河へ嫁いだのだけれど、ちょうどこの頃、亭主が亡くなったこともあり、ひまを貰って静岡の実家に戻っていた。鎮勝とは親子ほど年が離れていたが亭主を亡くした寂しさもあり、次第に鎮勝に魅かれて言った。そんな時、多恵は鎮勝の子を身籠った。そのことに気付いた多恵の父親は病と偽り鎮勝の元から遠ざけた。

 多恵は実家の離れで人知れず女の子を生んだ。子供は生まれてすぐに里子に出された。前の亭主との間に子宝に恵まれなかった多恵は子供を手元に置いてくれるよう懇願したのだけれど、世間体を気にした父親がそれを許さなかった。



「ひどいことをするもんだね」

 僕は思わず声を漏らした。

「昔は“人”より“家”の方が大切だったみたいだしね」

 奈央は冷静に佐和さんの話を聞いている。自分のルーツに関わる話なのだからそれも当然のことか…。

「産まれた子はどうなったんだろう?」

「それを今からお話しするわね」

 佐和さんは息を整える様に深呼吸すると、背筋を伸ばした。



 産まれた子は恵子(けいこ)と名付けられて伊豆で温泉宿を営む夫婦に貰われて行った。夫婦には子が出来ず、医者が言うには夫の方に子種が無いのだということだった。代々直系の女が女将として宿を切盛りしてきた。本来なら婿養子の夫に子種が無ければとっとと他の男を亭主に迎えるところなのだが、夫婦は愛し合っていたので養女を貰う事にしたのだという。 産まれたばかりの子供なら下手に里心がついたりしないからいいと恵子を譲り受けた。

 恵子は物心がついた頃から宿の下働きを始めた。仕事は厳しく教え込まれたけれど、一人娘だということもあって夫婦にはたいそう可愛がられた。

 恵子が18になる頃には女将に変わって宿を切盛りするようになったていた。そして、二十歳になると女将を引き継ぎ、婿を取った。婿は働き者で宿は増々繁盛して行った。

 23の時に桂子は双子の女の子を産んだ。長女は華(はな)、次女には雛(ひな)と名付けた。時代は既に“大正”へと移り変わっていた。


 花と雛は恵子がそうしてきたように女将になるための修業を積んだ。二人ともよく働いたのだけれど、二人が18になる頃、女将の恵子は次女の雛に次の女将を譲ることに決めた。雛にはすぐに婿を取った。華は暫く宿の仕事を手伝っていたのだけれど、怪我をして湯治に訪れていた軍人さんと恋仲になり、軍人さんが東京へ帰るに当たり、一緒について行った。


 戦争の影が忍び寄る昭和15年。華は24の時、女の子を産んだ。女の子には佳乃(よしの)と名付けた。当初優勢だった日本軍の雲行きが怪しくなると軍人だった華の亭主も戦地へ赴くことになった。

 昭和20年。東京への空襲がたびたび行われるようになると、華は娘の佳乃を連れて伊豆の実家に疎開した。

 姉の雛には長男、長女の二人の子供がいた。旅館を営んでいた花の実家も戦争の影響でまともな商売は出来なかった。それでも宿で畑や田圃を持っていたため、食うには困らなかった。しかし、そういった食料も軍部に持って行かれることが多くなってきた。


 戦争が終わると、華は佳乃を置いて東京に戻った。東京は空襲で見る影も無かった。華は元の家があった場所にバラックの小屋を建て、そこで生活を始めた。そして、一月経った頃に満州から引き揚げて来た亭主が戻って来た。二人で今後のことを相談した結果、佳乃が待つ伊豆で暮らすことにした。華たちは実家の旅館から土地を一部譲り受け、畑を耕して生計を立てた。



 僕は奈央の先祖の事をこんな形で知ることになろうとは夢にも思っていなかった。当の奈央はどんな気持ちなんだろう…。そう思っていたら奈央が口を開いた。

「華さんは私のひいお婆ちゃんね。私が小さい頃になくなっちゃったから覚えていないけれど、佳乃お婆ちゃんは今でも元気にしているわ。ひいお婆ちゃんやお婆ちゃんの生い立ちをこんな形で知るなんて、なんか妙な感じ…」

「これって、佐和さんが見てきたわけではないんでしょう?どうしてこんなことを知っているの?」

「血よ。奈央さんの体に流れる血が伝えてくれるの」

「そうなんだ!幽霊は時や場所を超えてどこへでも行けるのかと思ってた…」

 僕がそう言った途端、奈央の平手が飛んで来た。

「佐和さんは幽霊じゃないってば!」

「ごめん…」

 そうは言っても、僕にはその辺りのことがどうしても理解できなかった。佐和さんは気にしなくてもいいと笑いながら話の続きを聞かせてくれた。笑った佐和さんは本当に奈央にそっくりだ。



 昭和33年。佳乃は高等学校を卒業すると静岡市内の化粧品会社に就職した。二十歳になった時に佳乃は同じ会社の先輩の子を身籠って結婚した。いわゆる“できちゃった婚”というやつだ。この頃だと、相当、世間から冷ややかな目で見られたに違いない。産まれたのは女の子だった。子供には陽子(ようこ)と名付けた。更に二年後、佳乃は男の子を生んだ。男の子には風(ふう)太(た)と名付けた。



「ここで奈央のお母さんが登場だね」

「そう!そして、風太おじさんも」

「風太おじさんって、もしかして…」

「そう!ウチの専務よ」

「奈央のお母さんの弟さんだったんだね。そう言われればなんとなく雰囲気が似ているね」

「そうなの。お父さんは一人っ子だったから。やっぱり、会社は身内で固めたいのね」

 ようやく身近な人達にたどり着いた。佐和さんは実際の年月をずっと待っていたんだなぁ…。そう思うと急に感慨深くなって涙腺が緩んできた。





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