第8節 運命
第8節 運命
最初に私を見つけたのは一緒に炊事場で働いていた女の人だったわ。それはもうとても驚いてその場で腰を抜かしてしばらく動けない様だったわ。悲鳴を聞きつけた他の人たちが集まって来て大変な騒ぎになったの。すぐに両親も駆けつけてきたわ。母は気が付かなかったようだけれど、父はすぐに宙に浮かんでいる私に気が付いたの。
父は自分が鎮勝様との仲を引き裂いたことが原因なのだとすぐに察したようだったわ。だから、私を元の体の中に戻してから私の体の血をすすったの。周りに居た人達は父が錯乱してしまったと思ったに違いないわ。けれど、それは父が私の魂を血と共に自分の中へ受け入れた瞬間だったのよ。
鎮勝様は私のために祠を立ててくれたわ。それで、父は私をそこに封印したことにしたのよ。そのことは力を受け継ぐ跡取りにのみ伝えられて血のやり取りで子孫に受け継がせてきたの。いつか、私が成仏してもいいと思う日が来ることを信じて。
そこで僕はまたもや疑問に思ったことを口にした。
「血のやり取りって、昔は今みたいに簡単に輸血なんかできなかったはずだからどうやってやっていたんだろう」
「ちゃんと話を聞いていなかったの?血をすすったのよ。佐和さんは自分で首を切り落とした時に大量の血を流したわけだし。その後の跡取りたちはわざと体に傷をつけて後継ぎにその血を吸わせたんじゃない?」
「奈央さんの言う通りよ。裕さんに入った時は輸血によるものだったのだけれど…。さあ、そろそろ裕さんがいちばん知りたいことに話を進めましょうね。裕さんはお爺様とお婆様の馴れ初めは知っているかしら?」
「えっ?それって、僕の爺ちゃんと婆ちゃんのこと?」
「そうよ」
「馴れ初めも何も、お見合いだったはずだけど」
「それはきっと照れ隠しね」
佐和さんは控え目に微笑むと話を始めた。それにしても、ずいぶん身近なところから話が始まるんだなあ…。それが意外で僕はますます興味をひかれた。
裕の祖父、慶蔵は産まれた時から大きな霊力を備えていた。成人した時に父親から後継ぎとして栗林家の定めを聞かされた。そして、これからはお前が佐和の面倒を見ろと言われた。父親は自分の腕に日本刀を当てると、自ら傷をつけた。流れ出る血を慶蔵に示し、それを吸わせた。佐和は慶蔵の体の中で時が来るのを待つことになった。
裕さんのお爺様は小さい頃から歴史が好きだったの。栗林家の後を継いでからは専ら郷土の歴史を勉強していたわ。特に最後の郡代だった窪田鎮勝様のことには強い興味を持っていたの。それで鎮勝様にも所縁の深い蒲池氏の本城であった柳川城跡などにも度々訪れていたの。お婆様の蒲池綾乃さんと知り合ったのもその柳川なのよ。
「か、蒲池だって!婆ちゃんの旧姓が?まさか、それって…」
僕は思わず声をあげた。すぐに奈央の方を見たけれど、奈央も呆気にとられたような顔をしていた。
「そうよ。裕さんのお婆様は蒲池氏十六代目で柳川城を築いた蒲池鑑盛の直系の子孫なのよ」
「ということは…」
「つながった!」
奈央が叫んだ。そう!栗林家と奈央がつながった。正確には婆ちゃんの子供、つまり僕の親父からは同じ血が流れていることになる。それははるか昔のことだから親戚だというにはあまりにも遠い血筋になる。今では赤の他人に等しいだろう。また、そうでなければ困る。僕は奈央と結婚したいと思っているのだから。
「まあ!」
佐和さんだ。佐和さんが僕と奈央を交互に見ながら祝福するように微笑んでいる。しまった!うかつなことは考えるだけでもみんなに伝わるんだった。そう思って僕はまた自分の失敗に気が付いた。僕は恐る恐る奈央に顔を覗いてみた。
「バカね!何もしないわよ。それより、ありがとう…。ちゃんと言葉で聞いたわけではないけれど、それってプロポーズだと思っていいのよね?」
「う、うん。そういう事になるのかな」
「じゃあ、返事はOKよ!」
「えっ?」
「聞こえなかったの?私、裕と結婚してもいいよ。そう言ったの!」
「あの…」
すっかり二人で盛り上がっていたところに佐和さんが割って入って来た。
「二人とも慌て過ぎよ。良く聞いて。確かに、奈央さんと栗林家はつながっていたのだけれど、それは私が産まれたずっと後のことだから…」
「あっ!そうか。これだと佐和さんと奈央がつながったことにはならないよね」
奈央はすぐに気が付いたみたいだ。奈央に言われて僕は初めて気が付いた。そう言われればその通りじゃないか。話にはまだ先がありそうだ。
綾乃さんと知り合った慶蔵さんは彼女が蒲池氏の子孫だと知って運命を感じたでしょうね。私が恋した鎮勝様と同じ先祖を持つ人だったから。二人はあっという間に心を通わせるようになったの。二人が初めて口づけをかわした時、慶蔵さんの中で眠っていた私は目を覚ましたのよ。鎮勝様と同じ血を持つ人が現れたのだから。私は今後、綾乃さんとして生きていこうと考えたわ。そして、綾乃さんと一緒に生涯を終えようと決めたの。けれど、慶蔵さんがそれを許さなかったのよ。
「綾乃さんの中で自分を表に出すことはしないから」
慶蔵さんにはそう言ったの。
「でも、僕が愛しているのは綾乃だから、君が存在する綾乃を愛することは出来ないよ」
慶蔵さんはそう言って悲しそうな目をしていたわ。私は綾乃さんに入るのを諦めたわ。
佐和さんはそこで一旦、話を切った。そして、僕と奈央にこう言った。
「奈央さん、安心して。この話が終わって二人がちゃんと理解してくれたのであれば私はもう表には出てこないから。裕さん、あなたに黙って勝手に奈央さんに入り込んじゃった。ごめんなさいね。でも、あなたならきっと許してくれると思ったから。私が居てもあなたは奈央さんを愛して行ける。
「うん!裕なら大丈夫。ねっ!そうでしょう?」
「ああ。佐和さんも他人とは思えないし」
「もう少しで二人ともお別れだけど、今まで付き合ってくれてありがとう」
「えっ?終わりって?」
「はい。そろそろ、私の話も終わりに近いから…」
僕は唾液を飲み込んで気持ちを切り替えた。奈央も神妙な顔をして姿勢を正した。佐和さんは最後の話を始めた。




