第四節 空蝉(うつせみ)
第四節 空蝉
関西風の出汁が気に入ったようで、ゴボウのてんぷらを乗せたうどんといなり寿司を奈央はぺろりと平らげた。
「関西風のうどんって初めて食べた!美味しい!それに、こんな三角形のおいなりさん、初めて見た」
「それは良かった。それで、さっきの話の続きだけど…」
「この先に、お城の跡があるよね?日隈城だったかしら?今は公園になってるのかな?」
「ああ、亀山公園の事かな?」
「そこへ行きましょう。その方が上手く説明できると思う」
ここ、亀山公園は安土桃山時代の頃に築城された日隈城があった場所だとされている。他にもいくつかのお城があったこの地域では一国一城令が発布されたことにより日隈城は廃城されたと聞いた覚えがある。今では当時のお城の面影はないが、市民の憩いの場所として親しまれている。
「やっぱり、空気が違う気がする。ここなら彼女も自由になれるかしら。」
「パワースポットとかではないけれど、ここは歴史的に重要な場所だったらしいからね…。で、彼女って誰?」
「すぐに分かるわ」
僕たちは公園のベンチに腰掛けた。奈央は僕の問いにはすぐには答えず、まずは封印について話し始めた。
「私、勘違いしていたわ。解かれた封印は実はあの家にあったわけではないのよ」
「えっ?じゃあ、どこに?まさか、こことか…」
「ううん、そうではなくて…。そもそも、封印自体されていたわけではなかったの」
「だって、あのご先祖様の幽霊は娘の霊を封印して、祠をとり毀した後に今の八百屋を始めたって…」
「いいえ、正確には封印したのではなくて、眠らせただけだったのよ。裕の家は元々そう言う霊力を持った家柄だったのね。それで、眠らせて自らの体の中に娘さんの霊を取り込んだのね。取り込んだと言うよりは取り憑かれたと言った方が正しいのかもしれないわ。霊力は代々、最初に生まれた子供に受け継がれるものだったんだけど、おじい様の頃にはその力もかなり弱まっていたみたい。そして、裕のお父さんにはその力はまったく受け継がれなかった。受け継がれなかったというより、力を発揮する機会が無かっただけなのかもしれないけれど。実際、おじい様からその力を受け継いだのは裕だったみたいだし」
「えーっ!俺に?」
「ねえ、裕。隣を見て」
僕は言われるままに横を向いた。
「うわあ!」
また幽霊が居る。幽霊というより、奈央の霊が彼女の体から抜け出したようにも見える。姿が奈央によく似ているように思えたからだ。
「彼女はもう幽霊ではないの。空蝉。ちゃんと今も生きているの。実はずっと死んではいなかったみたい」
「えっ?じゃあ、生霊ってこと?」
奈央は微笑して話を続けた。
「うーん…。考え方次第だけどね。こんな話聞いたことない?臓器移植をすると、移植された人は前の持ち主の記憶まで受け継ぐ…。みたいな」
「うん、聞いたことはあるけど、それとこれとどういう関係が?」
「最初に封印を試みた時、一族には既に、霊を封印する力など無かったのよ。だから封印するのではなくて、自分の体の中に受け入れたのよ。そして、霊と共に生きてきたわけ。おじい様もそうしたはずよ。けれど、おじい様は裕には引き継がせたくなかった。だから、おじい様は自分が亡くなる時に一緒に成仏させようとしたの。でも出来なかったのね。彼女は既におじい様の体の中には居なかったから」
「まさか!」
「子供の頃、病気かなんかでおじい様に輸血してもらったことがあるんじゃない?」
「あっ!」
「あるのね。彼女はその時、若い肉体を持つ裕に乗り換えていたのよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!じゃあ、昨夜、風呂場で見た幽霊は?」
「あれはご先祖様の方よ。まさか、実は娘の霊に取り憑かれたなんて恥ずかしくて言えなかったんじゃない?だから、封印の話を信じさせるためにやったんだと思うわ」
僕は愕然とした。まさか、僕の中にその人の霊が入り込んでいたなんて。そんな僕の気持ちを察したかのように奈央は話を続けた。
「彼女は裕の中でずっと眠っていたのよ。彼女が目覚めたのは私を見つけたからなの。裕には分かると思うけれど、彼女は私にそっくりでしょう?そもそも、幽霊が見えることが裕にご先祖様の力が受け継がれている証拠なのよ。それで、最初に封印されそうになったときから、彼女はずっと男の人の中に閉じ込められていたの。栗林の血筋は男性の遺伝子が濃くて女性が産まれることが無かったから。彼女はずっと女として生きたかったのだけれど、それが叶わなかったのよ。彼女が体を乗り換えることが出来るのは血のやり取りが無ければだめなの。輸血だったり…。そして、…。セックスだったりとか」
「セ、セックスって!じゃあ…」
「そうよ。今朝、裕とした時に彼女は私の中に入って来たのよ」
「だって、それなら今迄にだって何度も…」
「この場所でなければだめなの。だから、どうしても裕と私の二人をここに呼びたかったのよ」
「ご先祖様の霊は彼女の手助けをするために、奈央の意識に取り憑いたっていうの?」
「彼は彼女の実の父親ですもの。あんな死に方をした娘が不憫で仕方なかったんでしょうね。その娘が私の中で“女”として生きたいと望んだのよ。その望みをどうしても叶えてやりたかったんだと思うわ」
「ちょっと待って!それなら、今までだってチャンスはあったはずだよ。例えば、じいちゃんがばあちゃんと結婚してセックスした時に、ばあちゃんの体に入ることだって出来た訳だろう?」
「ええ、でも、二人は愛し合っていなかったのよ。そもそも、栗林家の男たちはすべてお見合い結婚だったのよ」
そう言えば、親父もじいちゃんも見合いだったと聞いたのを思い出した。それでも、まだ分からないことだらけだ。最初は愛し合っていなかったのだとしても、仲のいい夫婦だった。寄り添っているうちに愛し合う様になったはずだ。
「チャンスは一度だけなのよ。最初の交わりで行けなかったらその後はないのよ」
「だったら、僕らだって今朝が初めてではないだろう?」
「今まではちゃんと避妊していたでしょう。ここでしなければ意味がないから、東京に居る間は彼女が裕にそうさせたのよ」
僕は言葉が出なかった。それはそれで納得が言った。けれど、これから奈央はどうなるんだろう…。奈央は彼女を成仏させると言ったけれど…。ただ、幽霊に認められたというのには違和感があるけれど、僕たちが愛し合っているのは確かだと認識した。
「だけど、どうして奈央なんだ?彼女は…」
僕は奈央と同時に奈央の隣に座っている彼女に向かって聞いた。
「…君はただ顔が似ているだけで奈央の体を欲しがったって言うのか?」
「もちろん他にちゃんとした理由があるのよ。それを話すためにここへ来たの」
奈央は隣に座っている彼女に目配せをした。彼女は頷いて奈央と僕の両方に入って来た。三人の意識が交わって遠い昔の記憶がよみがえって来た。




