第二節 封印
第二節 封印
僕たちが店に入って行くと、奥から威勢のいい声が出迎えてくれた。
「へい、らっしゃい!」
出て来たのは店の主人。僕の父親だった。
「なんだ!裕か…」
父は突然の帰省にも別段、驚いた様子でもなかったのだけれど、僕の隣に居る女性を見て表情が和らいだ。
「ほう、彼女か?」
一瞬、僕が躊躇していると、奈央が一歩前に出て頭を下げた。
「本郷奈央です。裕さんにはいつもお世話になっています。この度はよろしくお願いします」
「なかなか礼儀正しいお嬢さんじゃねえか!」
父はそう言って奈央に手を差し伸べた。軽く握手をかわすと奥に向かって声をあげた。
「おい、母さん、裕が嫁を連れて来たぞ」
「えっ!嫁…。って」
僕は慌てて奈央の顔を見た。奈央は否定するでもなく、ただ微笑んでいるだけだった。
その日の夜は親戚中が集まって大宴会になった。僕たちは上座に座らされ、その両側に父と母が座っている。まるで、結婚式の披露宴だ。
「奈央、このまま勘違いさせておいたらまずいんじゃないのか?」
「勘違い?裕は私がお嫁さんになるのは嫌なの?」
「えっ?」
奈央はそう言うと、酌をしに来る親戚連中から次々に盃を受けている。奈央が僕の嫁になる…。考えても見なかった。奈央は何を考えているのだろう…。
日付が変わろうとする頃、ようやく宴会が終わった。母が客間に床の用意をしてあるからと僕と奈央に告げた。
「僕は自分の部屋で寝るからいいよ」
「何言ってるのよ。あんたの部屋なんかもうないわよ」
どうやら、今年受験する弟が僕の部屋を使っているのだという事だった。僕たちは客間に通された。既に二組の布団が並べられて敷かれていた。
「じゃあ、ゆっくりね」
母はそう言って客間を後にした。
奈央とは付き合って二年になるが、二人で同じ屋根の下で寝泊まりしたことはない。僕が心臓をドキドキ鳴らしていると、奈央は布団の上の大の字になった。同時に静かな寝息を立て始めた。
僕が奈央に揺り動かされて目を覚ましたのは夜中の二時を過ぎた頃だった。
「行くわよ」
奈央は寝ぼけ眼の僕の手を取ると家の中を案内して欲しいと言った。
「最近になってどこか修理をしたとか、改築したようなところはある?」
「そう言えば、風呂場が新しくなってたなあ」
「やっぱり…」
奈央は真っ直ぐに風呂場へ向かった。灯かりは消えているようだが、中で誰かがシャワーを浴びているようだった。僕が声を掛けようとすると、奈央は僕の口をふさいだ。
「裕には見えるのね?」
「見えるって?」
「幽霊よ」
「ゆ、幽霊って…」
「今、そこでシャワーを浴びているでしょう!」
「えっ!」
「多分、他の人たちには見えていないはずよ。シャワーの音も聞こえていないはず。お風呂場を改築した時に何かの封印が解けたんだと思うわ」
「封印って…」
「ひとまず、引き上げましょう。明日はちょっと調べたいことがあるから付き合ってちょうだいね」
何が何だかわからないまま、僕は浴室の中を呆然と見やっていた。
「おいで、気付かれたら憑かれちゃうわよ」
そう言って奈央は僕の手を引っ張った。その時、奈央が一瞬眼を閉じて苦しそうな表情をしたのが気にはなったのだけれど、僕たちは一旦、部屋に戻った。部屋に戻ると奈央は布団の上に横になった。
「素敵なお家ね」
奈央はそう言って僕の方に向き直った。僕はそんな奈央のそばに座った。
「この家に何かおきているの?ちゃんと教えてくれないかな?」
「今日はもう遅いし、なんだか疲れちゃったわ。もう寝ましょう…」
「奈央って、なんか特別な力でもあるの?」
奈央からの返事はなかった。既に静かな寝息を立てている。僕は奈央に布団を掛けてから電気を消した。
翌朝、目が覚めた僕の目の前には奈央の寝顔があった。いつの間にか奈央が僕の布団の中に潜り込んできたらしい。状況を把握するのに少し時間がかかったけれど、僕はそっと奈央の背中に手を回して奈央の体を包み込んだ。そして、そっと顔を近付け、奈央の唇に触れてみた。柔らかい感触に僕は全身が痺れるような感覚を覚えた。奈央とキスをするのは初めてではないのだけれど、こんなキスの仕方はとても刺激的だった。
奈央はすぐに目を覚ました。けれど、僕の唇を拒絶することはなかった。僕は奈央の胸のふくらみに手を当てた。奈央も僕のふくらみに手を添えてきた。その時、部屋の障子戸が勢いよく開いた。
「朝ごはんの支度が出来ましたよ」
母だった。僕は飛び起きて分かったからと、合図した。母が部屋を後にすると、まだ布団の中に居る奈央が僕を引き寄せた。その時、奈央が見せた表情は今まで見たことが無いような色っぽい表情だった。
「途中でやめちゃ、イヤ…」
身支度を整えて広間に顔を出すといくつもの大皿に朝食の定番メニューがそれぞれ盛られていた。
「遅かったわね」
母がそう言って意味ありげな笑顔を浮かべた。
「若い女の子はそれなりに支度に時間がかかるもんなんだよ」
「あら、そう?じゃあ、ごゆっくり」
母はそれだけ言って台所の方へ消えて行った。
「すごいね!ホテルのバイキングみたい」
奈央はテーブルに並べられた料理を眺めながら言った。さっきの布団の中での奈央とは違って子供の様に無邪気な微笑みを浮かべている。




