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9, 3つの契約

 「名前…ッ捨て…?」


 「煩い。黙っていろ聖女もどき。儀式の邪魔だ」


 鋭い刃のナイフが牢屋のすぐそばまで飛んでくる。

 投げたのは、魔王ではなく、私から見て右にいる女性陣の1人、ベルフェゴールさんだ。


 当の魔王は、私の答えにニヤッと笑みを浮かべて、


 「やはり変わらないな、其方は」


 「変わらないように契約したのはそちらでは?」


 「そこに関してはシアリーに聞け。私は知らん」


 「あらそうですか?」


 雑談を暫くしていた私は、はっと気付いて咳払いをする。


 「所で…」


 「ああ、儀式だろう?大丈夫だ、すぐにやる」


 パチンと指を鳴らす音。


 ふわり…と、私は頭から、乳白色の光で出来た玉のようなものが出てきた。

 それはふわふわ漂いながらも、魔王の手を目指していた。


 騎士団の人達は何が起こっているかわからない。


 が…どうやら、ニルドアは何をしようとしてるのかわかったらしい。

 杖を必死に構え、魔法を打ち続けている。やがてニルドアは、黙っていられなくなったのか、耐えを投げ、


 「やめて!ねぇヴィオラ、辞めてぇ!! "名捨て契約"なんてダメ!!貴女が貴女じゃなくなる!!ねぇッ、聞いてヴィオラぁぁあ!!」


 チッ…勘が鋭い。見ただけで"名捨て契約"と見抜きやがった…。聖女と言われるだけある。

 …にしても、なんでニルドアはこんな必死になって止めようとしてくる?


 まぁ…いいか。



 飛んでいった玉は、やがて魔王の手に、ポン、と置かれる。

 満面の笑みでそれを見ていた魔王は、やがてそれを思いっきり手で掴む。


 それはまるで泥団子のように、抵抗したのは最初だけで、ヒビさえ入れば速攻で壊れて消えていく。

 光の玉は、砂のように床に落ちていった。


 「ッ??」


 それと同時に、私の頭の中から、名前が無くなる。



 "名捨て契約"は、魔界にのみある契約方法。

 孤児や違法奴隷を取り締まり、彼等のような子ども達を、トラウマから助け出したり、単純に自分の名前が気に入らない人が変更するのに使う割とメジャーな契約だ。

 …そしてこれは、『人間が魔族になる儀式』で一番最初にする契約だったりもする。


 「さて…これで、其方は名前を無くした。"真名の結界"内に入れるぞ」


 「感謝します」


 するりと私の体がすり抜ける。

 そのまま玉座前まで来ると、私は跪いた。


 「ヴィオラ…!ねぇ、本当に契約したの…?」


 「ヴィオラ!やっぱりお前は、魔族に囚われていたのだな!!今助けてやる!!」


 勇者に聖女に…煩いなあ、もう。


 「それでは、其方に真名を与えなくてはな」


 「えぇ…お願いします」


 魔王は、また別の魔法陣を床に生み出す。


 「我が名は、トワイラティエーレ・ディレイル・ヴェン・ワースピリット。そして、其方の名は…」


 「…」


 「"ヴィルディリーラ・ディレイル・アズ・ワースピリット"だ。いい名だろう?ラヴィー」


 無言でそれに頷くと、光の玉が生まれ、私の頭に当たり、溶けていく。


 …そうだった。私は、ヴィルディリーラ・ディレイル・アズ・ワースピリット。いつも周りから、"ラヴィー"と呼ばれてる……この魔界の、義娘。


 「ありがとうございます、魔王様…」


 「じゃ、なくて??」


 まるで意地悪をする顔で、問いかけられる。


 私は小さくため息をつき、


 「失礼しました…レト、母様」


 「よろしい」


 こくりと頷いたレトは、そのまま立ち上がる。

 そして、


 「では、最後の儀式に移ろう。…ラヴィー、魔力核を」


 「どうぞ」


 胸に手を置いて、核を差し出す。

 これは私の魔力を作り出す核。魔法が使える人間なら誰でも持っているありふれたものだが、これに魔族が持つ特有の魔力が流れると、拒否反応を起こして最悪死に至る。

 が、それを起こさせないのが"名捨て契約"ならびに、私に"ヴィルディリーラ・ディレイル・アズ・ワースピリット"という名前を与えた"真名契約"だ。


 それの中に、私の体を魔族に作り変える契約に耐えられるようにする、という内容で契約し、更にそれは5歳の時にも、"ヴィオラ"であった際の自分で契約し、二重に対策をしている。

 愛称である"ラヴィー"さえ守れていればいいらしく、それで今回、名前を変えたのだ。


 もう何も言えない勇者や聖女を置いて、私は跪いたまま顔を下に向ける。


 ニヤッと笑ったレトは、その核を左手で支え、右手で思いっきり核に魔力を流し込んだ。

 元々赤かった私の核が、赤黒い色と紫が混ざり合った、不思議な色合いの魔力核に変化する。


 レトはそのまま歩いて来て、顔を伏せている私の顎をあげ、核を無理やり胸に入れ込んだ。


 「う"ッ?!! あ"ぐゥっ、い"ッ?!!」


 体に雷のような衝撃が走る。全身が痛い。どさりと倒れ、頭を抑えて悶絶する。


 …でも何処か、暖かく感じて来た。


 「…ふふ。ああ、とても可愛いよラヴィー」


 「…?」


 痛みの引いて来た体を起こしてみると、私の腰下からは、先が尖った黒い尻尾が生えている。

 頭には、すらりとした長い角が二つ生えている。髪も、所々色が変わっていた。


 「レト…」


 「ん?」


 「私…なれたの?魔族に」


 「…! ああ、勿論。お前が5歳の時から待ち望んでいた魔族堕ちだ。どうだい?気分は」


 むくりと立ち上がると、私は生えたばかりの尻尾をゆらゆらとさせる。


 「凄くいい気分だよ…!ああ、なんだ!こんなに早く魔族になれるなら、もっと早く人間なんて見限ればよかったなぁ…!」


 くるくると回っていると、ふと私が入って来た扉が開かれた。

 そこには、軽く息を切らした女の子。


 「っ!」


 「シア、リー…」


 「ラヴィーッ!!!」


 彼女は、羽を出して思いっきり飛び、そしてまた思いっきり私に抱きついた。

 倒れた私に、シアリーはぐりぐりと頭を押し付ける。


 「どれだけッ…どれだけ私を待たせたと思っているのですかこのバカ!!」


 「ふふふっ。涙目で少しの笑顔がある顔で言われても、意味ないよ」


 「むー……あら、そちらにいる方々は?」


 「私が閉じ込めたんだよシアリー。まぁ反応はいい余興だったさ」


 「そうなんですの?なら私を呼んでも…」


 こてんと首を傾げながら言ったシアリーに、レトはふるふると首を振り、


 「ダメだ。お前はラヴィーに対してコイツらが暴言吐いた時点で殺しちゃうだろ。一応コイツらは人質の役割も兼ねてもらうんだ。死なれると困る」


 レトの言葉に、全員の顔が青ざめる。

 数秒して、ずっとだんまりだったキースさんが声を上げた。


 「貴様…ッ魔族などと言う悪辣な種に落ちるなど!今に見ていろ!魔神様はお前を敵視するだろうなァ!!」


 精一杯の煽りだったのだろうその言葉は、私にはなんの意味もない。


 「はあ…キースさん、魔神様はとっくに人間に愛想を尽かしているんだよ?知らないの?」


 「・・・はあ??」


 レトが進み出て、


 「昔は生まれていた、人間の聖女が生まれない理由だ。お前ら人間が魔法を美しさにばかり利用し、自らの力としないから、魔神だけでなく聖神も愛想を尽かして魔界に逃げて来たんだぞ」


 シアリーもまた大きくため息をつき、


 「人間の中で生まれた聖女は、ラヴィーで最後の代ですわ。これ以降人間の中に聖女が生まれることはありませんし、異世界からの召喚も意味がないのです」


 全員の顔が固まる。

 シアリーの言葉をそのまま受け取るのであれば、目の前にいる聖女ニルドアは、『聖女ではない』と言うことになるのだから。


 もっと…もっと絶望して欲しいなあ。

 私の使う魔法はまだしも、レトまで蔑んだ罰を与えないとね…!

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