伯爵令嬢の吐露
スカイは日に日に元気になっていった。
ダグはそろそろスカイを親元に帰すべきだと考え、夕食のときにそれを話した。
あの雨の夜、見知らぬ男に襲われたスカイの事情も考慮すべきだと思ったからだ。
「かえ……ない」
スカイは聞き取れぬほどの小さな声で呟いた。
「どうした?」
「帰りたくない…。私の居場所はないわ」
「何でだ?きっと、みんな心配しているぞ?」
「嘘よ。きっと、私は必要ないもの…。」
「はい?」
「私はソーン伯爵家の異分子なの!」
断言するスカイにダグは違和感を禁じ得ない。
「んっ?なんでそんな風に言うんだ?」
「だって、私はチェンジリングなのよ」
至極真面目にスカイが告白するので、食事の席だというのにダグは吹き出した。
「ぶっ!」
「なっ、笑うなんて失礼だわ!」
「いやいや、笑わないでいられるか?お前のような害のない女の子がチェンジリングなんて!」
「だって!だって!みんなそう思っているんだもの!」
「みんなって誰だよ?馬鹿だなソイツら…。妖精がこんな大人しいわけないだろう?アイツらの悪戯は醜悪なんだぞ」
「けど、みっ、みんなが私はお父様、お母様に全く似ていないって」
「世の中、両親に似ていない子供だっているさ。隔世遺伝って知ってるか?案外、お前が知らないご先祖様にそっくりだったりするんじゃないのか?」
「でも、フィオナは二人に似て、とても美しいのよ」
「はぁーーー、だから、チェンジリングって?誰がそんな馬鹿げたことを言ったんだ?」
「侍女頭よ。それに私の世話をしてくれていたメイドたちも言ってたわ」
ソーン伯爵家でスカイは使用人たちにぞんざいな扱いを受けていた。侍女頭マルヤの命により、水風呂に入れられたり、食事は塩辛いものを出されたりしていたのだ。
それらの指示は全てスカイを妖精に戻すためであった。
ソーン伯爵家へチェンジリングとしてやってきたスカイが悪いのだと、マルヤは平気で蔑んだ。スカイはマルヤに洗脳されたのだ。
スカイはただの人間だ。それはただの虐待であったが、マルヤはスカイがチェンジリングだと信じていたため、ソーン伯爵家への忠義心からの行動であった。
一時期、スカイは入浴を嫌がり異臭を体から漂わせていたし、身体はガリガリに痩せ細っていた。
「それは、みんなじゃないだろう?妄想に囚われている少数意見だ」
「お父様もお母様も…私がチェンジリングだから会いたくないんだと侍女頭が…」
「お前のことをチェンジリングだと決めつけたその女が言ったことを信じるなよ!」
「だって…。だって…。会いに来てくれなかったもの…。フィオナだけよ。あの子だけが…」
そう、スカイの身を案じたのはフィオナだけであった。
侍女頭のマルヤは巧妙な吹聴でソーン伯爵夫妻とスカイを仲違いさせた。
一方は伯爵夫妻へ
「お嬢様は誰にもお会いしたくないと…。今、無理をすれば心を閉ざしてしまわれるかもしれません…」
また、一方はスカイへ
「ソーン伯爵家にとって必要なのはフィオナお嬢様だけであって、スカイお嬢様のことなど誰も見向きもいたしませんよ。実際、ご両親が貴女様に会いにきたことはございまして?なおさら、チェンジリングなんて知られてしまえば、お嬢様の居場所はきっとなくなりますわね」
と唆していた。
フィオナも例外ではなく、舌先三寸で有害なスカイから遠ざけようとマルヤは画策していた。
だが、ある日、スカイが引きこもっていた部屋へフィオナは踏み込んだのだ。
フィオナは布団を被っていたスカイをよそに、厚いカーテンを開くと、太陽の光をスカイの寝室へ放った。
「お姉様、日光を浴びませんと身体に毒だと伺ったのです。今日から毎朝、私がお姉様を起こしに参りますわね」
スカイが十二歳の誕生日を迎えた日のことだった。あれから、フィオナは伯爵令嬢とは思えないほど、甲斐甲斐しく姉の身の回りの世話をした。
使用人たちはその行動を見て、益々フィオナの評価を上げた。
容姿が見目麗しいだけでなく、心さえも美しく慈悲深いと…。
それに比べてスカイのなんと見すぼらしいことか…。
周囲からの非難の目線が、今度はプレッシャーとなり、飢えていたのも重なって、スカイは過食へと走った。
人の視線が怖くて、それからもスカイは部屋から一歩も出ることなく、淑女教育もフィオナから教わった。
手を差し伸べてくれたフィオナの穏やかな眼差しに救われていたスカイだったが、その眩しさは時に心を締めつける。
「けど、どれだけ努力したって妹のようになれるわけないでしょ!」
「そりゃ…。なれないだろうな…」
「貴方だって、私のことを美しくないって思っているんじゃない!」
「まぁ、美しさっていうのは各々の基準があると思うが…。お前はお前の良さがあって可愛いと思うぞ」
「なっ!嘘よ!」
「あのなぁ。お前と妹は別の人間だから、妹になれるわけがないだろう」
「だったら努力しても仕方ないじゃない!誰も私を認めてなんかくれないんだからっ!」
「…。努力は無駄にはならんだろう」
「凡人が努力したって何も変わらないのよっ!」
「そんなことはない。努力した分、人間は変われる」
「嘘よっ!だったら、何で誰も私を愛してくれないのよ!」
「お前は妹になりたいといったが、妹のように愛されたいのか?」
「…」
言い争うつもりなど更々なかったのだが、あまりにもスカイの自己否定が激しく、ダグは思わず熱く語ってしまう。
「お前はお前のまま、愛されたいのではないか?努力ってのはな…。すぐに結果は出ないし、人それぞれ備え持った能力があるのだから個人差だってある。だけど、自分を変えたいなら…。変えようと頑張らなければ、永遠にそのままだろ?少しでも昨日の自分より明日の自分が良い方向へ向かう必要があるんじゃないか?人は自分とは違う誰かになることなんて、出来ないだろう?目指すのは誰かじゃない。自分をどう磨いていくかだとオレは思う」
「だって、こんな容姿だし…」
「その容姿のどこが悪い?」
「太ってるわ…。顔だって醜い」
「あぁ…。貴族令嬢ってのは、なぜそんなに痩せたがるんだろうなぁ。オレからしてみれば、お前は全然太ってないよ。それにどこが醜いんだ?全く分からん」
スカイはキョトンとしてダグを見上げた。その瞳に涙を湛えていたが、そのうち溢れ零れる。ダグが頭を撫でると、次々と涙が頬を伝い落ちて、スカイは声を上げて泣き始めた。
スカイはありのままの自分を認めてほしかっただけだ。
「まぁ、いっか…。スカイが納得するまでここにいればいいさ」
「いいの?」
「まぁ、オレも養父の元を飛び出してきたようなものだし、オレの養父も親元を離れて放浪していたような人だし…。気にはしない」




