目が覚めた伯爵令嬢
朝日がカーテンの隙間から差し込み、スカイの瞼に落ちる。柔らかな日差しに温もりを感じて、スカイはゆっくりと目を開けた。
重い腕をゆっくりと持ち上げ、顔の前で手を握ったり開いたりしてみる。
関節はぎこちない動きで、指先が微かに震えている。
スカイは起き上がろうと試みたが、寝返りを打つのが精一杯で、その拍子に額に置かれていたタオルが床へ落ちた。
スカイはあれから三日三晩熱を出して倒れ込んでいた。
室内へ木の軋む音が響き扉が開いた。
「よぉっ!起きたか?」
スカイの記憶の片隅に、彼の姿が浮かんだ。幾度となくスカイの顔を覗き込んでいた青年だった。
床に落ちているタオルを足で蹴り上げ、無造作に傍らの桶へ投げ込む。彼は両手にトレイを持っていた。
「お前、ずっと飯を食べなかっただろう?白湯ならいけるか?」
サイドテーブルへトレイを置くと、青年は慣れた手つきでスカイの首の後ろへ腕を回して、背中へクッションを詰めた。
「あっ…。まだ自己紹介していなかったな。オレはダグ。よろしくな」
「…」
スカイはダグを睨むが本人は気にする様子もなく、マグカップをスカイの口元まで運び白湯を飲ませる。
スカイは白湯を拒もうと口を一文字に結ぶが、唇が湿ると喉が渇いているせいか、自然と口が開き白湯を受け入れた。
「どう…して、私を…助けたのよ…」
奥歯をギュッと噛みしめて、スカイはシーツを手繰り寄せて握りしめる。
「どうしてって?うーーーーん、多分、それは自己満足?」
あっけらかんとダグは答えた。
「…なに……それ……」
スカイは言葉を続けようとするも、掠れて上手く発音が出来ない。
「助けなきゃって、勝手に身体が動いちまった。ごめん」
スカイが白湯を飲み干したのを確認したダグは、マグカップと交代にすりおろし林檎が入った器を手に取る。
ダグは匙で一口分掬い、スカイに食べさせようと試みたが、喉を通らずスカイはえずき、激しく咳き込んだ。
「ウッ、ゲッホ!ゴッホ!」
ダグはスカイの背中を軽くさすった。
「まだ、早かったか…」
涙目になりながら、スカイはおぼつかない口調でダグへ伝える。
「……私……なんか、いない……方がいいのに…」
「いない方がいいことはないだろう?」
スカイを窘めるような眼差しでダグは答えた。
ダグは森に捜索隊が出動しているのを知っている。どうやら、スカイを探しているようだが、この小屋の周辺には結界を施しているため、辿り着くのは不可能だ。
捜索隊の中にスカイを害する者がいないとも限らない。
襲われた経緯も不明だったので、スカイの意識が戻ってから話を聞くつもりであった。
ただ、あれだけ大規模な捜索隊から推測して、スカイの家族がスカイを軽んじているようには思えなかった。
ダグはスカイをじっと見据える。ダグのアーモンドのように深みのある茶色の瞳には優しさが滲んでいたが、スカイはそれに気づく由もない。気まずい空気に耐えられず、スカイは目を伏せた。
「もったいないおばけが出ないようにと…」
沈黙した場を和ませようと、ダグはすりおろし林檎がほとんど手つかずのまま残っているお椀を掴み、そのまま自分の口へ流し込んだ。
ダグは飲み干しながら、スカイを横目で窺っていた。
「お前さ。もしかして、ソーン伯爵家の娘?」
突然のダグの問いかけにスカイは驚いた。みるみる血の気が引いていき、青白かった顔色はさらに真っ青になっていく。
スカイはダグに名乗っていない。
ダグはさらに警戒心を抱くスカイの様子に、自分がしくじったことを知った。
トレイにお椀を戻したダグは、無意識に頭を掻いた。
「まぁ、お前は幼かったし、覚えてないか…。それどころじゃなかっただろうし」
「?」
ダグの意味不明な呟きにスカイは疑問を抱いた。ダグはブツブツと更に続けた。
「そうか…。なら、アイツは…。顔に見覚えがあったのも頷けるな」
ダグは一人で納得したように頷いた。スカイの怪訝そうな表情に気づき、苦笑いで誤魔化す。
「お前さ。美少女の妹ちゃんいるだろう?元気か?」
「あな……た、フィ……狙…」
文脈からスカイの言わんとすることを読み取り、慌ててダグは首を横に振る。
スカイは、フィオナに近づきたくて、自分を救ったと思っているのだ。
「ちっ、違うぞ!誤解だそれっ!オレはその妹ちゃんも小さい頃しか知らん!オレをロリコンにしないでくれ!」
今まで周囲からフィオナと比べられてきたスカイには、ダグの反応が新鮮だった。顔を赤くしてムキになり反論するダグの姿にスカイは思わず笑ってしまった。
「ふっ…」
「そうそう、女の子は笑っている方が可愛いぞ!」
ダグはスカイの笑みに頬を緩ませた。
目尻に皺を寄せたダグの口から、覗く白い歯がスカイには眩しく感じた。人の好さが窺える。
それに加えて、スカイは父親でない異性から、初めて可愛いと褒められて気持ちが高揚してしまう。
「ご…め……なさい。おせ……わしてもらっ……たのに」
ダグはスカイの頬に手を寄せる。
「気にするな。袖振り合うも何とかって言うだろう?」
孤児院出身のダグは人との距離が近い。孤児院では皆が家族として育ってきたからだ。
その距離感に慣れないスカイは硬直してしまう。
「あっ、そうだ!ちょっと待ってろ」
ダグは慌ただしく部屋から出て行き、すぐさま、何かを握りしめて戻ってきた。
青く透き通った瓶の中で液体が揺れている。
「酒を飲んだ後に喉焼け対策用なんだけど、きっと今のお前にもいけるだろう」
ダグは自身が風邪をひくことを想定しておらず、風邪薬は置いていなかったため、スカイは三日も寝込むことになったのだが、この手の薬は常備している。
満月の夜に集まった羽衣草の夜露を沸かし、サルビアの葉へそれを注ぎ、しばらく蒸らしたのち、氷砂糖を加えそれを火にかけ、魔法の呪文を唱えながら、とろみがつくまで煮込むとか…。
説明していた薬師のことをダグは脳裏に浮かべる。これなら、スカイの喉も潤してくれるに違いない。
酒を飲んだくれて、声が枯れてどうしようもない翌日も、これさえあれば平気だ。
「すりおろし林檎は早すぎたけど、これは薬だし…。ゆっくり飲めよ」
ダグはトレイの上の匙を持ち、薬瓶の液体を注いだ。スカイの口元へ運び、スカイは飲み込む。喉がゴクリと鳴った。
「喋れるか?」
スカイは恐る恐る声を出す。
「んっ、ふっ、わ…。わたしは…。私はスカイよ。色々とありがとう」




