勇者ダグ
※この話には一部、暴力や流血の描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
スカイを助けた青年の名前はダグという。隣のダンヴァース王国の勇者だ。
ダグは訳あって隠遁生活を送っていた。養父の伝手を得て、ガルグイユ公爵領内の森へ密かに棲みついていた。
養父はダグの師匠でもあり、戦場の猛者でもあった。彼は領地を守るために、攻め入る獣人たちと戦った。
ダグは初めて戦場に出た時、人を殺してしまった激しい自責の念と生き残った安堵感を忘れていない。
戦場に駆り出された獣人の子供に剣を突き立てた。その子供は目尻から一筋の涙を流すと、死に際に母を呼んでいた。
悲痛な叫びと怒号、馬は嘶き、足踏みをする蹄から土煙が立つ。慣れてしまった生臭い血の匂い。感傷に浸ることさえ許されない。気を抜けば、一瞬であの世行きになる。
ダグは誓った。この戦いが終わったら、人を殺めることはもうしないと…。
だが、その誓いは何度も破られた。
勇者ゆえに…。
スカイを拾った日…。
ダグは夕暮れ時に山菜を採りに森を散策していた。木苺の群生を発見して夢中になりながら収穫しているうちに、木苺が水滴で艶めいていく。
ダグが天を仰ぐと、木々の葉の隙間から無数の水滴が落ちてきた。雨が降り出したようだ。
ダグは素早く近くの小枝を拾い、年輪を重ねた大樹の下へ駆け込む。
初夏とはいえ夜はまだ肌寒い。ダグが小枝に火を灯す。少し湿っていたが、パチパチッと火が弾けた。
揺れる火影を眺めながら、雨音だけが響く静寂な時間を過ごす。
だが、雨宿りをしているとはいえ、完全に防ぐことはできない。瑞々しい緑が煌めき、葉から零れる露がダグの前髪を濡らした。雨足が強くなり、炎は無情にも消えてしまった。
「帰るか…」
ダグは眉間に皺を寄せて雨を睨んだが、睨んだところでダグには天候を左右する力はない。
「いっ、痛いっ!やめて!」
雨音に掻き消されそうではあったが、誰かの叫び声がダグに届いた。
ダグは走り出す。泥水がブーツに跳ねた。
無抵抗の少女に剣を振りかざす男の影。男の強い殺気がダグに伝わる。ダグの体は咄嗟に動いた。背負っていた弓を手に取り、腰の矢筒から矢を抜くと、気づけば弓弦を引いていた。
男の肩甲骨に刺さった矢から血が噴き出す。勢いが弱まり、男は少女の上へ突っ伏した。下敷きになった少女が懸命に男の下から抜け出す。ダグが駆け寄る前に、少女は男の姿を見て気を失ってしまった。
その反動で男は仰向けになり、降り頻る雨を受けていた。
「命を奪うときは、己の命を奪われても仕方ない」
戦場での師匠の言葉だ。それを同じく男へ投げかける。もちろん、男の返答はなかったが、まだ事切れないようで、浅い息づかいだけが静かに耳へ届く。
何の抵抗もできない令嬢を殺そうとして、自身の命が危ぶまれるとは思っていなかっただろう。
ダグは無言で少女を抱きあげ、男に背を向けて闇夜へ消えていった。
【作者より】
ここまでが前半部分です。
後半部分はただいま執筆中です。
しばらくお待たせすることになりますが、ご理解いただけますと幸いです。




