侍女頭の告白
スカイがいなくなり、ソーン伯爵家はもちろんガルグイユ公爵家と合同で、すぐに捜索隊が組まれた。だが、スカイの痕跡はおろか、車寄せに一輛だけ停められていた馬車の行方も分からない。
三日が過ぎたころ、マルヤが重々しく口を開いた。
「実は…。スカイお嬢様には黙っておくように仰せつかったのですが…。これ以上、ご家族にご迷惑をかけるわけにはいかないと、修道院へ向かわれました。私がお嬢様に頼まれまして、内密に手配を整えました」
マルヤの言葉にソーン伯爵夫妻は絶句した。
「なぜ、そのような重大なことを私たちに相談しなかったのか!なぜ、今まで黙っていた!」
騎士団は昼夜問わずスカイを探そうと労力を惜しみなく注いでいる。皆が疲弊し、途方に暮れていた。
マルヤには三日黙っておく必要があった。
「お嬢様が向かわれたのはクラウズーラ修道院です」
メルタは目を見開いた。
クラウズーラ修道院はソーン伯爵領地から王都に向かう途中にある。
ソーン伯爵邸から三日ほどかかるその場所は、一度神のもとで保護されれば、二度と家族とまみえることも許されない厳格な修道院だった。
「嘘よ。嘘だと言って…」
メルタの瞳から大粒の涙が次々と溢れ出る。足元から崩れそうになった妻を、アムスンドは抱き止めた。
「すぐにクラウズーラへ遣いを出すように!マルヤ!今回の件は、許されることではない!侍女頭の領分を超えている!」
拳を怒りで震わせながら、アムスンドはマルヤへ言い放った。アムスンドの幼少時分からマルヤはソーン伯爵邸で働いていた。アムスンドが最も信頼していた使用人である。だから、スカイのこともマルヤに託していたのだ。
「仰せの通りに」
マルヤは解雇を免れないだろうと確信していた。もっと厳しい処罰が待っているかもしれなかったが、悔いはなかった。
マルヤは満足だった。これで、ソーン伯爵家から異分子を取り除けるのだ。
「全ては私一人の責任でございます。御者は街で声を掛けました。旅人でございます。大金を払って協力を願いました」
マルヤは腰を深く曲げて謝った。
アムスンドは年老いたマルヤの姿にやるせない思いを覚えたが、しかし、今回の件は度が過ぎていた。
「マルヤの処遇については、スカイの無事を確かめたあとだ。それまで謹慎しているように」
重々しい空気の中、フィオナが勢いよく扉を開けて、部屋に入ってきた。
背後には二人の人物の影を確認できたが、頭を深々と下げているため、ソーン伯爵夫妻は誰だか分からなかった。
ただ、マルヤだけは視線を泳がせていた。
「お父様!お母様!」
フィオナはスカイが消息を絶ってから、玄関ホールで姉の帰りを待っていた。スカイが安心して門をくぐれるよう、まず自分が笑顔で姉を迎えようと考えていた。
そこへ門番が二人の訪問者を連れて現れたのだ。
ワレン男爵とその姉を名乗るその二人は、メルタへの目通りを求めて、門番へ懇願していた。
スカイの行方が分からない今、ソーン伯爵家は来客を迎えられるような状況ではない。
門番は丁重に断ったが、あまりに必死な彼らの様子に執事長へ相談しようとしたところ、フィオナが取り次いでくれたのだった。
「こんなときに何だ!」
珍しく苛ついた口調でアムスンドはフィオナを責めた。父のこのような態度は初めてだったが、フィオナは怯むことなく続けた。
「さぁ、二人とも顔をおあげなさい」
フィオナの言葉に促されて、二人は頭を上げた。傍らで控えていた侍女が女性の容姿を確認して息を呑んだ。
「お久しぶりでございます。旦那様、奥様。以前、この屋敷にお仕えしておりました。カイサでございます」
夫妻は辞めた侍女のことなど記憶に留めていなかったが、カイサの頬にある傷跡を認めて思い出す。その傷はスカイがつけたものだ。
フィオナが誘拐されそうになった際に、子供たちを引率していた侍女だった。
「申し訳ございません」
まるで、神に罪の赦しを乞うかのように、カイサは膝を折ると胸の前で手を組む。
隣にいた少年も、カイサに倣いすぐさま跪く。
「姉さんは何も!何も悪くないんです!全てオレが!」
「黙りなさい!」
マルヤが声を荒げた。ソーン伯爵一家は何の謝罪なのか、さっぱり理解できなかったが、動揺しているマルヤへ不審感を隠しきれない。
「マルヤ!まだ何かあるのかっ!」
アムスンドは堪らず、マルヤを責めるように詰問した。
「…」
「マルヤ!」
「旦那様、発言をお許しいただけますか」
マルヤの代わりにカイサが返答する。アムスンドは首を縦に振った。
マルヤの鋭い視線がカイサを射抜く。カイサは躊躇うことなく告げた。
「十年前の出来事ですが、スカイお嬢様に罪はございません。全ては私が目を離した隙に起きたことでございます。責任は全て私にありました」
メルタはその言葉に手を強く握りしめた。だが、今更、なぜカイサの告解を聞かされなければならないのか、全く見当がつかない。
「カイサ!」
マルヤが遮るようにカイサの名を叫ぶも、カイサは続ける。
「私はその罪悪感から頬の傷を治すことなく、自身の戒めにしようと残しておりました」
伯爵家を解雇されたカイサだったが、女性の顔に傷が残るのは忍びないと、メルタは神殿から聖薬を購入し、彼女に渡していた。
カイサは使用しなかった。
「ですが、この傷のせいで、私の弟がスカイお嬢様へ謂れのない恨みを持つようになったのでございます」
「違う!姉さんは悪くない!全てはオレが!事実を知らなかったとはいえ…オレが!オレが悪いんです!」
カイサの弟、現ワレン男爵のアルネは床へ頭を擦りつける。アルネはスカイを失って憔悴したソーン伯爵夫妻に向き合うことができない。
「私は旅人に御者を頼みました!この子たちは関係ない!関係ないのです!全て私が企てました!私です!私が!私が!」
マルヤは錯乱したように言葉をまくし立てる。
「スカイお嬢様を修道院へお連れするよう頼まれたのはオレです。ですが、オレは…。同じように護衛としてマルヤさんから依頼されたグンナーの願いで…嘆きの森へスカイお嬢様を捨てました」
メルタの意識はそこで途切れた。




