妹の決意
フィオナは朧げな子供の頃の記憶の中でも、姉の背中を覚えている。
小さな体で人攫いから庇ってくれたあの健気な背中を…。
だからこそ、フィオナはスカイの味方でいたいと思った。
スカイが部屋に閉じこもってから幾度かの年月が過ぎ、ある日、フィオナはメルタへ尋ねた。
「お母様…。なぜ、お姉様に会いに行かれないのですか?私はお姉様に会いたいわ」
「スカイは、心の病を持っているのよ。私たちが近づくと不安定になってしまうの」
「だけど…」
「大丈夫よ。マルヤがちゃんと面倒を見てくれているから心配いらないわ」
メルタは笑顔でフィオナの鼻先へ優しく指を押し当てた。母はそう諭したが、フィオナは納得していなかった。
だが、フィオナがスカイの部屋を訪れようとするも、マルヤが邪魔をする。
「スカイお嬢様は時に恐ろしい癇癪を起こすのです。フィオナお嬢様がお怪我をされるといけませんから」
マルヤの再三の妨害に、フィオナは強硬手段を取ることにした。
スカイの部屋のバルコニーの傍らには大木がそびえ立っていた。
フィオナはお付きの侍女たちの目を盗み、その木へ挑んだのだ。幸い、怪我もなく、無事にバルコニーへ降り立つことができた。
しかし、スカイの部屋の窓は分厚いカーテンで覆われている。それでも、フィオナは諦めることなく、その隙間から大きな目を覗かせた。
室内は暗くて陰気だ。
「お姉様、どこ?」
まるでその声に反応したかのように、モゾモゾと影が動く。枝のように細い何かが揺れた。カーテンがほんの少しだけ開いた。
「…。だれ…か……いるの?」
フィオナはゾッとした。
ギョロッとした虚ろな瞳、フィオナと同じ青であるのにその色は淀んで濁っている。
フィオナはその恐ろしい何かと視線が交差した気がした。
「ひっ!化け物!」
不意にフィオナの口をついて出た。
「…。やっぱり、私はにんげんではないのね」
ずっと暗がりにいたスカイには、眩しい日差しでフィオナの姿が確認できなかった。誰とも知らぬ呟きにスカイは心を痛めた。
フィオナは逃げるように枝を渡り、部屋へと戻った。
そして、侍女たちを追い出すと一人で泣き崩れたのだ。
フィオナが化け物と罵ったその人物の黄みの強い緑の髪は、くすんだ枯葉色をしていた。
「あれは…。あれは…。お姉様だわ…。私…。私はお姉様になんて酷いことを…」
しばらくして、フィオナの様子を窺いにメルタが部屋を訪れた。侍女から報告を受けたメルタの表情に憂いが浮かんでいる。
「どうしたの?フィオナ?なぜ、そんなに泣いているの。あらあら、お顔が腫れているじゃない」
メルタの柔らかな胸に抱かれ、フィオナの瞳から次々と大粒の涙が頬を伝う。
自分だけが母の温もりに守られていることへの心苦しさに苛まれながら、姉を化け物だと言ったことをメルタへ伝えることができなかった。
翌日、フィオナは意を決して、スカイの部屋へと向かった。
マルヤは必死な形相でフィオナを止めたが、フィオナの意思は固く、その制止を振り切って扉を開けた。
「お姉様、日光を浴びませんと身体に毒だと伺ったのです。今日から毎朝、私がお姉様を起こしに参りますわね」
昔、姉に庇われたように、今度は自分が姉を守る番だと…。
奇しくもその日はスカイの十二回目の誕生日だった。




