伯爵令嬢の過去② 誘拐されそうになった妹
※この話には一部、暴力描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
そして二年後…。
スカイに妹ができた。フィオナである。
両親に似て容姿が整った子で、まだ赤子だというのに、品と慎ましさが滲み出ていた。
侍女頭のマルヤはますます、スカイに違和感を覚えた。それなのに、ソーン伯爵家の系統が全く見受けられないスカイを、伯爵夫妻はフィオナと隔てなく慈しみ育てた。
癇癪持ちのスカイはフィオナと比べ物にならないほど貴族令嬢らしくない。
マルヤは伯爵夫妻が何か幻術を掛けられているに違いないと考えていた。チェンジリングであるスカイをこれ以上、のさばらせておくわけにはいかない。
ソーン伯爵家に忠誠を誓っていたマルヤは何か手立てがないかとずっと思案していた。
そして、その事件は起きた…。
ソーン伯爵夫妻は社交界シーズン、王都の邸宅で過ごしていた。
その日、アムスンドは王へ呼ばれて登城し、メルタは子供たちを伴い王都へ買い物に来ていた。スカイの世話係として、カイサも同行していた。
メルタは夜会に着ていくドレスを選んでいたのだが、スカイが帰りたいと駄々をこね始めた。
「お嬢様、お外で露店を見てみませんか?」
「帰りたいの!」
スカイの目線へ合わせて、カイサはしゃがみ込むと微笑んだ。
「ふふ、先ほどのお店の前で虹色に輝く飴を売っておりました。どうです?」
「むぅっ…」
眉間に皺を寄せて唸っているスカイのドレスを、小さなもみじのような手でフィオナが引っ張った。
「わたくち、みてみたいの。おねえたま」
スカイだけを連れ出すつもりでいたカイサだったが、幼いフィオナの瞳がキラキラと輝いている様子にためらうと、メルタへ視線を向けた。
「まさか、フィオナの方が飴に興味を持つとはね。侍女一人は私の側に置いておきたいのよ。カイサ、二人を任せても大丈夫かしら?」
もう一人の侍女はフィオナの専属侍女であったので、子供二人の面倒をカイサが見なければならない。
「お任せください。私が見守っております」
護衛騎士の一人が一歩前へ歩み寄り、カイサの代わりに返答した。彫りが深く勇ましい顔つきをしているその男は、カイサの恋人でもあるグンナーだ。
「じゃあ、お願いするわ」
「お嬢様、行きましょう」
グンナーはフィオナを抱き上げる。まだ納得していないスカイの手をカイサは握った。
「みてみて、おねえたま。キレイでしょ?」
フィオナはグンナーに飴玉の入った瓶を買ってもらった。日に透かすと地面に鮮やかな色彩が投影される。
「これはカイ、これはグンにあげるの」
舌足らずな口調で飴を配るフィオナの姿に、カイサは思わず頬を緩めた。
「おねえたま、あーんして」
スカイがフィオナの指示通り口を開くと、満足したようにフィオナはにんまりと笑う。
姉妹は互いを見つめて微笑む。カイサはその様子を見て幸せな気分になった。
「オレたちの子供もフィオナ様のように愛らしいといいな」
「なっ、まだ早いわよ!」
「そうか、オレはそろそろ上司に打診しようと考えている」
グンナーは真剣な面持ちでカイサへ熱い眼差しを送った。カイサの髪を一房だけ握りしめ優しく口づけを落とした。
うっとりとした二人の視線が交差した。
「あっ、にゃんにゃん…」
石畳の路地を我がもの顔の黒ぶち猫が横切ると、優雅に揺れている尻尾に誘われてフィオナが追いかけていく。
「ダメ!」
カイサとグンナーは二人の世界に浸っていた。雑踏に紛れていくフィオナの背中に、スカイは焦ってそのまま走っていた。
「?」
「ねぇ!お嬢様たちはどこへ!」
「な、何!」
ほんの一瞬だった。
カイサが目を離した隙に二人は人混みに消えていた。
「にゃんにゃん、まってぇ!」
フィオナは路地裏の壁際へ猫を囲い込むことが出来た。触れようと手を伸ばした途端、そのしなやかな体は軽々と壁を飛び越えていった。
「にゃーん!にゃーん!」
フィオナは壁の上に広がる澄んだ青空を恨めしそうに眺めた。
不意に影がフィオナを覆う。フィオナが見上げると知らない男が嫌らしい笑いを浮かべている。
「ほぅ、こんなところに貴族の子供か?お嬢ちゃん、迷子か?」
フィオナは後退りするが、背には高い壁が聳え逃げ場がない。フィオナは怯えて目が潤んだ。
「こりゃ、上玉じゃねぇか?ほら、お嬢ちゃん、おじさんが親のところに連れてってやるからよ」
両手を広げ猫撫で声で、男はフィオナに迫った。
「いやぁーーー!」
「フィオナッ!!」
フィオナの叫び声にスカイが駆けつける。スカイはフィオナを捕えようとした男の腕に強く噛みついた。
大人の男がどんなに恐ろしいものか考える間もなく、スカイが咄嗟にとった行動だった。
「いてぇ!何しやがる!このガキ!」
男は腕を大きく振り払い、スカイの身体がその遠心力で壁に打ち付けられる。
男はスカイを一瞥すると声を荒げた。
「お前はお呼びじゃないんだよ!」
苛立った男はスカイの腹を思い切り蹴り上げた。
「ごふっ!」
フィオナはただただ恐ろしくて泣き出した。
「おねぇぇたぁああーーーーーん!」
「衛兵さん!こっちです!早く!早く来てください!女の子が拐かされてしまう!」
通りすがりの少年が、曲がり角で手招きをしながら叫んでいる。
「チッ!」
男はその言葉に壁をよじ登り、向こう側へ逃げて行った。
「大丈夫か?よく頑張ったな!」
少年はかがみ込み、スカイの頭を撫でた。衛兵はおらず、少年が機転を利かせて、事なきを得たのだ。
「あっ……りが」
「喋んなって」
「ひっ…おねえ…たま……だいじょうぶ……ひっく…」
「うん、大丈夫だ…よ」
足音が近づいてくる。男が戻ってきたのかと少年は身構えた。
姉妹と少年の前に現れたのは、護衛騎士のグンナーだった。
「フィオナお嬢様!大丈夫ですか!?」
うずくまって動けなくなっているスカイと心配そうに傍らで青ざめているフィオナを見て、迷うことなくグンナーはフィオナを引き寄せて抱き上げる。
「スカイお嬢様がフィオナお嬢様を連れ回したのでしょう?自業自得です!」
日頃、侍女頭のマルヤの話を聞いていたグンナーは、カイサの手を焼かしているスカイに好意を持てなかった。
スカイがフィオナを唆して二人で迷子になったのだろうと決めつけていた。
「いや、おねえたまといっしょ!」
「大袈裟ですよ。スカイお嬢様!ほらっ、フィオナお嬢様も心配されています!先に行きますから、付いてきてくださいね」
グンナーはそのまま踵を翻して、スカイを置き去りにして行ってしまった。
「おいおい…。どこの護衛騎士だか知らんが、アイツの目は節穴か?」
取り残されたスカイと見知らぬ少年。
「はぁ、しゃーねーなぁー」
少年は動けないスカイの身を起こしておんぶする。どう考えても、スカイの方が重症だ。
「お前…。苦労してんな…」
「フィオナが可愛いから、私なんていらないんだよ…」
「いやいや、確かにフィオナちゃん?は可愛いけど、その年で身を挺してフィオナちゃんを庇っていたお前も、かなりカッコ良かったぞ」
スカイは少年に家名を名乗ることはできたが、まだ子供ゆえに王都の邸宅の場所が分からなかった。
少年は街の人々に道を尋ねながら、スカイを邸宅まで送り届けるとそのまま姿を消してしまった。




