表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた伯爵令嬢が旅に出るまで  作者: 礼三


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/24

外伝 道中〈アンカスター辺境伯領地〉4

「…」


 スカイは誰もが押し黙っていた空気の中、イングリッドを見上げていた。

 バルコニーの窓際に佇んでいたイングリッドの背中には真っ青な空。鮮やかな赤い毛先が腰で揺れている。

 

「あら?私の顔に何かついてる?」


 イングリッドはスカイへ歩み寄り、スカイの額にかかった髪を優しく払う。

 より間近でイングリッドを認め、そばかすさえ、人を魅力的にするのだとスカイは感心した。

 

「夫人はとても素敵な方ですね」


 群青色の瞳を煌めかせてスカイが伝えた。イングリッドは目を細め、硬い指先でスカイの鼻頭を軽く押す。


「貴女の方が美人さんよ」

 

 イングリッドも一度だけ、社交界へ足を踏み入れたことがある。それは、シグニの長女(現ガルグイユ公爵夫人)がデビュタントを迎える際、シグニの名代として夫と共に王都へ赴いたときのことだ。

 そこは、戦場よりも恐ろしい場所だった。学んだのは、社交界は見た目が重視されるということ。イングリッドは堂々たる振る舞いでそれを跳ね返したが、もう二度と参加したくないと思い、メルタのときは付き添いを辞退した。

 淑女からかけ離れている自分よりも、スカイの方が輪郭も繊細で愛らしいとイングリッドは感じた。


「私なんかとても…。私は夫人のような人になりたかったな」


 目を輝かせ、なおもスカイが言うものだから、イングリッドは心の中で小躍りをした。

 スカイは貴族らしくなく、思ったことをすぐに口にする傾向があるようだと、イングリッドは受け止めた。

 スカイの真っ直ぐで無垢な眼差しをイングリッドは気に入った。


「ねぇ?ダーリン。お願いがあるの」


 イングリッドはスカイからヴィルヘルムへ視線を移した。


「何だい?ハニー」


「私たちの間には子供がいないでしょう?」


 イングリッドは女戦士だ。

 ダグが異種族と協定を結ぶまで、彼女は前線を守ってきた。

 身体に無理を強いていたため、夫妻はなかなか子宝に恵まれなかった。

 平和は訪れたが、子を授かるにはあまりにも長い年月が流れていた。


「僕はそれでも君を愛しているよ」


 ヴィルヘルムは髪を指に通し、毛先へ接吻した。

 ヴィルヘルムはアンカスター辺境伯の次期当主だ。跡取りは必要であるものの、妻以外の女性を、決して閨へ呼ぶことはなかった。

 イングリッドの胸に夫の優しさが滲みていく。イングリッドは何気なく告げた。


「ねぇ?スカイちゃんを私たちの娘に迎えない?」


 イングリッドの爆弾発言に、まず反論したのはダグだ。


「はっ?おいおいおいっ!言っとくけど、スカイはオレと旅しているんだ!」


 ヴィルヘルムは即答した。


「それは難しいよ」


 ヴィルヘルムの判断はもっともだとスカイは思った。自分なんかが養子に迎えられるなどあるはずもない。

 ヴィゴがイングリッドへ説明した。


「イングリッド夫人。スカイはまだソーン伯爵家の長女だ。ソーン伯爵夫妻が認めない」


「あら?でも放置してたんでしょう?」


 あっけらかんとした口調でイングリッドが告げると、ヴィゴに首根っこを掴まれたダグが拳を突き上げる。


「おいこらっ!言い方ってもんがあるだろう!」


「いいよ。本当のことだし」


 大したことでもなさそうにスカイはポツンと呟く。ヴィゴは心苦しくなった。スカイは喜怒哀楽はあるものの、感情を面に表すことは少ない。長年の虐待のせいだろうと推測するのは簡単だ。


「嬢ちゃん…」


「そりゃあ!わしは良い案じゃと思うぞ!」


 シグニは躊躇いもせず、イングリッドの意見に賛成した。


「僕だって…」


 ヴィルヘルムが項垂れ、長く伸びた金髪が顔を隠した。次の瞬間、顔を上げる。湖水のように透明な瞳に強い意志を浮かべて叫んだ。

 

「僕だって!スカイのような娘なら大歓迎です!ですがっ!あのメルタがどう反撃してくるか!あのメルタですよ!」


「…そうね。あのメルタですものね?」


 スカイは耳を疑う。

 人目を避けてではあるが、十二歳以降、スカイはフィオナに連れ出され、屋敷内を歩き回るようになった。

 時折、柱の影からそっと(メルタ)の姿をスカイが見つめることも…。

 フィオナと同じ色をした眩い金髪を綺麗に結い上げ、穏やかで柔らかな瑠璃色の眼差し、淑女の鏡といっても過言ではない麗しい人だった。


「そんなに?」


 ダグはメルタを知らない。

 ヴィゴがダグを孤児院から引き取ったのは、メルタの嫁入り前だが、そのままヴィゴの放浪に付き合っていたので、面識が全くない。


「ああ、お前はメルタ夫人と会ったことがなかったな。ここの兄姉妹(きょうだい)の容姿はな。亡き辺境伯夫人に似て、もれなく美しいんだが…。ほら、ヴィレも戦場に出ればな。メルタ夫人も子供の頃は…。多分、兄姉妹(きょうだい)の中で一番過激な性格だったんじゃないか」


 母の意外な一面に、内心でスカイは驚いていた。

 メルタがソーン伯爵家に嫁いだとき、社交界でかなり苦労したのだが、侍女頭のマルヤが丁寧に補ってくれ、淑女として育ててくれたのだ。優しく親切であったマルヤが、スカイを苦しめるなどとメルタは考えもしなかった。


「一筆、書くわ!何なら私が直接、ソーン伯爵家へ行って説得してもいい!メルタと一戦交える覚悟よ!お義父様、ご協力くださるわよね?」


 イングリッドの好意がスカイにはくすぐったい。何故だか、理由は分からないが、自分が必要とされていること。それが、素直に嬉しかった。

 イングリッドのやる気はみなぎっていた。シグニは二つ返事で了承する。


「もちろんじゃ!」


「おいこらっ!待て待て待て待て!」


 ヴィゴの手から離れたダグが、手を組んでいるイングリッドとシグニの間に割り込む。

 ヴィゴも眉間に皺を寄せて、吐息を漏らした。


「イングリッド夫人、大将、気持ちは分かるが…。まずはスカイ嬢ちゃんの気持ちが大事だろう?」


 久しぶりにヴィゴへ近況を知らせるため、ダグはアンカスターへ足を運んだのだが、少しだけ、旅の目的地に選んだことを後悔していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ