外伝 道中〈アンカスター辺境伯領地〉3
「あらっ?裏切り者のダグじゃない?」
毅然とした態度で情熱を秘めた眼差し。社交界で注目を浴びる貴族然とした嫋やかな顔立ちの整った淑女とは言いがたいが、その姿はスカイを圧倒した。
腕には痛々しい傷跡が残っているが、とても美しい人だと思った。
ヴィルヘルムが呼んでいたのを聞いて、この人が伯父の妻イングリッドなのであろうとスカイは察した。
「だ・か・ら!なんで、オレが裏切り者なんだ?」
ダグはヴィゴの襟首を掴んでいたのだが、そのまま顔だけをイングリッドへ向けて噛み付くように異を唱える。
ヴィゴは鬱陶しそうにダグの頭を手で押して距離を取ろうとしていた。
「んっ?その子は…」
スカイと老爺の視線が交差する。心まで見透かすような炯々とした眼差しを、スカイはしっかりと見据えた。
「お義父様の面影がしっかり残っているわね」
イングリッドは好奇心を露わにした眼差しでスカイを見つめた。
「す、すっ…」
「お義父様、落ち着いて…」
イングリッドは義父の背中を優しく撫で下ろす。
「スカイか!」
「はい。スカイです」
「おおっ!スカイがっ!わしのスカイがっ!目の前にっ!」
ヴィルヘルムからスカイを引ったくり、シグニは胸にしっかりと抱いた。
スカイは突然のシグニの行動に驚き、硬直していたが、シグニの滂沱の涙を見て、いつしか、身体をシグニへと預けていた。
「大将にそっくりだからさ。つい、確認もせず城に連れてきちまった」
スカイはヴィゴの言葉が腑に落ちない。
シグニは年老いているものの、未だに強靭な肉体を保っている。顔へ一文字の傷が横切っているのが気になるものの、昔はさぞや女性を泣かせたのではと思うほどの偉丈夫だ。
似ている部分と言えば、髪と目の色ぐらいではないだろうか。
「おいおい!だからって、オレに断りもなく酷いだろ?」
ヴィゴの不可解な行動の意味をダグはようやく理解した。
「黙れ!この裏切り者!切り刻んでやりたいところじゃ!」
シグニの罵声が飛ぶ。
「さっきから裏切り者!裏切り者と!何なんだよ!もうっ!」
ダグの困惑ぶりを見て、ヴィゴが淡々と説明を始めた。
「オレの伝で、お前に嘆きの森へ小屋を貸していたよな」
「あっ?それとこれとどんな関係があるんだよ?」
嘆きの森は、ガルグイユ公爵家が管理していた。現当主とヴィゴは旧知の仲である。
ヴィゴが嘆きの森のダグの滞在を願うと、ガルグイユ公爵は快く許可してくれていた。
「まぁ、ヴィゴのお陰で、任務を遂げることができたけど…。ありがとう」
ダグは素直に礼を述べるも、ヴィゴの視線は冷ややかだ。
「…」
「何だよ。その目は?」
「オレはお前の仕事の邪魔にならないように、あえてその小屋を捜索することはしなかったんだ。結界も張ってあったしな」
ヴィゴがスカイの捜索に加わった際、ダグが嘆きの森で暮らしていることを知っていたが、ダグへ配慮して小屋を訪ねることはなかった。
「ああ、そりゃ。どうも」
「だが、蓋を開けてみればどうだ!お前がスカイ嬢ちゃんを匿っていたじゃないか?」
ダグは思わず息を呑む。
確かにスカイの話に嘘はなかったが、あれだけの捜索隊が組まれていたのだ。どうして、スカイに両親からの愛情がないと決めつけることができようか。
ソーン伯爵家を調べることぐらい、ダグには造作ない。ソーン伯爵家側の事情も考えるべきだったのだ。
今までの経験上、養父はダグの行動を大抵許してくれた。
ヴィゴの様子から推測すれば、スカイは両親に愛されていたということになる。
「まぁ、そうなるか…」
弁解することもなくダグは頷いた。咄嗟にスカイは口を挟む。
「それは、私が帰りたくないって言ったから!」
スカイの言葉に、その場に居た全員が神妙な面持ちになった。ヴィゴは首を横に振る。
「それは仕方ない!あの屋敷で起こっていたことを考えればな。だから、嬢ちゃんは全く悪くはない!」
「そうじゃ!スカイは何一つも悪くないぞぉ!」
シグニの合いの手にダグは便乗した。
「じゃあ、問題ないじゃないか?」
「いや、違う!ダグ!お前の行動はどうかと思う!」
ヴィゴは否定し、続けてヴィルヘルムが諌めた。
「どうして、ソーン伯爵家へ一報を入れなかったのだ!皆、スカイのことを心配していたのだ!お前が一言でもスカイが生きていることを伝えていれば、伯爵夫妻の心の荷は解けただろう!」
家族側の心情の配慮を怠っていたのはダグの責任だ。だが、ダグは彼らに対して怒りを抑えられなかった。
「はっ。何故だ?今更じゃないか?あれだけスカイのことを放置していたのに?居なくなったら悲しむだなんて、おかしくないか?そりゃ、何だ?妹ちゃん?フィオナちゃんだっけ?彼女には申し訳ないことをしたかもしれないけどさ」
その場が水を打つように鎮まり返った。




