外伝 道中〈アンカスター辺境伯領地〉5
「本当に良かったのか?」
歩きながらダグは背後を振り向いて尋ねた。
スカイは蒼天を仰ぐ。鳥が心地良さそうに風を切って飛んでいた。
「ダグは私との旅は嫌?」
不意に返ってきたスカイの言葉に、ダグは少し怒った口調で答えた。
「なっ!わけないだろっ!まだまだ兄ちゃん枠は誰にも譲らん!」
だが、ダグの茶色の眼差しはどこまでも優しくスカイを包み込んでいた。
あのとき、ヴィゴはスカイの発言を促した。スカイは睫毛を軽く伏せ、しばらく考え込んだが、意を決して、群青色の揺るぎない眼差しで周囲を見渡すと、おもむろに口を開いた。
「ごめんなさい。誰かに必要とされることを私は望んでいるんだけど、今の私では無理なの。だから、私は世界を見たいの」
シグニはよろめきながらも、スカイの両手を握った。
「そんなことはないっ!わしは!わしはスカイが必要じゃ!」
「私もよ。貴女みたいな娘がいたら幸せだわ」
「もちろん、僕もだよ」
シグニに続き、イングリッドやヴィルヘルムがスカイを囲んだ。
「ありがとうございます。けど、それじゃあ、私は納得できないの。いつか…また、自分に自信がついたときに返事をしても良いですか?」
ぎこちない笑顔でスカイは告げた。無償の愛情に触れることに慣れていないのだ。
「スカイ…。お前の気持ちは分かった。わしは引き止めん。けど、フィオナには…。フィオナには手紙でも書いてくれんか?」
シグニの言葉にスカイの脳裏へフィオナの姿が浮かんだ。
誰よりも優しくスカイに接してくれた大切な妹…。
「フィオナ…」
「そうじゃ、フィオナじゃぁ。あの子も時折、わしへ手紙をくれるようになったが、いつもスカイの身を案じておる」
シグニの説得にスカイは頷いた。
「うん、分かった」
スカイの頭上、天高く弧を描いているのは、シグニが贈った隼だ。
「じじい、オレもお使い梟を持ってるんだから、わざわざ、隼特急便をスカイに贈ることもないだろうにさ。まぁ、孫たちに何かしたかったんだろうな」
隼は梟より早く飛翔する。姉妹の絆が途切れないようにシグニなりの配慮だった。
ダグは出立の際のシグニの大仰ぶりを思い出し鼻で笑った。
「『引き止めん!』とか言いながら、出発する前、めっちゃ泣いて引き止めてたな。あと、『二、三日ぐらいいてくれてもいいじゃろう?』とかさ。結局、あれから五日も滞在したんだから…」
隼がダグを目掛けて飛んでくると、鳶色の髪を啄む。どうやら、ダグの言葉を主の文句と受け取ったらしい。
「いっ痛え!やめっ!」
突然、隼が急上昇してダグとスカイから離れた。ダグは上空を見上げた。
小さな黒い点が見る間に近づき、それは大きな影となった。黒い鱗で覆われたワイバーンだ。その背中から声がする。
「ねぇ、やっぱり、ダグじゃない?」
「ダグ!」
長身の影が、ひょいっとワイバーンから飛び降りる。ダグも身長が高い方だが、それよりも頭一つさらに大きい。
「んっ?まっ………………まおちゃん!」
男の登場にダグはたじろぎ、二、三歩退いた。
眉間に皺を寄せて、男は抗議する。
「誰が、まおちゃんだって?」
「あっ、綺麗なお姉さん」
まおちゃんと呼ばれた男に支えられ、ワイバーンの背から女性が降りてきた。
昼間だというのに、柔らかな月光を帯びたかのような銀髪。蜂蜜色した穏やかな瞳。
透明感のある肌にほどよく明るい唇が艶めく。均整のとれた正統派美女だ。
スカイに褒められた美女は気をよくしたらしく、スカイへ笑顔を向けた。
「何?この子、可愛い」
「んっ?可愛いというよりは、勇ましい少女という感じではないか?」
男女はそれぞれスカイの容姿に言及するも、スカイの意識は男へ集中していた。
威圧的な雰囲気を醸し出しており、何なら畏怖を感じさえもするが、類い稀なる美男子である。
闇が溶け込む滑らかな髪。鮮血が滲んでいるかのような紅玉の眼差しがスカイを射抜く。血が通っていないかのような冷ややかな肌。
この世のものとは思えない美しい存在…。
「お兄さんも…。すごく美人」
スカイの語彙力は乏しいが、その分、ストレートだ。
「まぁ、悪い気はしないな」
満更でもない顔をした男を見て、ダグはスカイを窘めた。
「スカイ、お前、そうやって人…。人かな?まぁ、人をたらし込むのはやめなさい」
「誰?」
「ああ、うーーーーん。まぁ、お前だからいいか。まおちゃん、構わないか?」
「ダグがいいなら」
ダグの問いかけに男は相槌を打った。ダグは簡潔にスカイへ二人を紹介する。
「こっちが魔王で、あれは薬師のイルマだ。でっ、夫婦。こいつは今のオレの相棒のスカイ」
「魔王?」
「あぁ、話せば長くなるんだけど…。昔、あてのない旅をしていたときにさ。突然、ダンヴァース王国で衛兵たちに拘束されたんだよ」
神託の勇者だとダグは勝手に決めつけられ、第二王女ウルリカより魔王討伐を命じられた。
それでも、人々の生活を守るためだと信じて、ダグは奮起していた。
「魔族は人間側が侵攻せぬ限り、戦争などせん!いつも奴らが何かしら言い掛かりをつけて攻めてくるのだ!」
当時、魔王が言い放った言葉を受けて、ダグは戦いではなく対話を選んだ。
ダンヴァースや周辺諸国は激しい戦闘の末、魔王は結界内に封印されたと信じている。
現在、魔王国は結界で覆われて、人間は弾かれるようになっている。魔王が招いた特定の人以外は侵入できない。
「そう、こいつは魔王。そいつは…。イルマは、オレの孤児院時代の幼馴染でもあるな。ほらっ、チェンジリングを暴く薬剤の処方をしてくれた薬師さ」
イルマは魔王討伐の旅の折、ダグと一緒に旅をした仲間だ。
腕利きの薬師であり…。
実は本物のウルリカ王女である。
チェンジリングで攫ってきたのはいいが、あまりにも泣き止まない赤子に辟易して、妖精たちは孤児院近くの草むらへ赤子を捨てた。
その赤子を幼少期のダグが見つけて孤児院へ連れてきた。
だが、その事実を誰も知らない。
「へぇ」
ダグの話を平然と受け入れたスカイの様子に魔王はいくばくか驚いた。
「怖くないのか?」
「まぁ、スカイは長いこと引きこもっていたから、事情は知らないし、アンカスターの血筋だけあって、魔王を恐れることもないんだろう」
「なるほど。で、お前たちはどこへ向かっているのだ」
ワイバーンの首辺りに魔王が手を置くと、ワイバーンは首を垂れる。
「自由気ままな旅だけど?」
ワイバーンへ興味津々のスカイに気づいた魔王は、ワイバーンの額にスカイの手を乗せるよう促した。
スカイは無邪気に笑っている。珍しいことだ。
「じゃあ、これから龍王国へ行かない?」
イルマがダグを誘う。
「はっ?」
「親善試合があってな。向かっているところだ」
魔王がダグに伝えた。
「ドラゴンと?」
「何なら人間代表でダグも参加したらどうだ?」
魔王の言葉にダグは即答した。
「はっ?勘弁」
「スカイちゃんは興味ある?」
ダグの懐柔を諦めたイルマは、標的をスカイへ絞った。イルマは天使のような微笑みを湛えている。
「私…ドラゴンと戦ってみたいかも?」
「ふっ、面白いな。そなた」
「ダメダメ!オレの目が茶色いうちは許しませんよ。まず、スカイはオレを倒せるようになってから挑戦しなさい」
スカイの本気度を感じて、ダグは目を指差しながら牽制した。スカイはダグから剣術を指南されているが、まだ勝てたことはない。
「なら、ダグが戦うところを見てみたい」
「なっ!」
「ほらほら、相棒もこう言っている」
魔王はワイバーンの手綱を持ち、イルマに目配せをした。
「おいおいおいおい」
「じゃあ、行こうか?」
イルマはスカイと手を繋いだ。
「うん」
イルマに導かれ、ワイバーンの背に乗るスカイ。魔王の指示でワイバーンが大きく羽ばたきを始めると、ダグの鳶色の髪が大風に乱される。
「おいっ、勝手に決めるな!ってか、オレも乗せてけっ!」
飛び立つワイバーンへ向けてダグが叫んだ。
【外伝終了】
————— 完 —————
読了いただき、ありがとうございました。
今後につきまして、誤字脱字が多い作者ですので、過去作品の校正作業に励み、未完結の長編を地道に進めていきたいと思っています(誤字脱字、文法間違いなどの校正はAIを利用しています)。
新作はしばらくお休みしようかと考えておりますが、とは言え、閃いたら書きたい気持ちが抑えられない作者なので、また突発的に書いてしまうかもしれません。
その際は、お目通しいただければ幸いです。
最後になりますが、皆様、ご自愛くださいますよう、お祈り申し上げます。




