外伝 道中〈アンカスター辺境伯領地〉1
「ちょっと待て!おいこらっ!勝手にスカイを連れて行くんじゃない!」
ダグは叫んだが、男はスカイの両手両足を拘束具で固定するとそのまま担いで走り去った。
ダグは追いかけようとしたが、外套を引っ張られ、店員に止められた。
「お客さん!まずはお金払って!」
「なっ!今はそれどころじゃあ!」
「治安部隊、呼ぶよ!はい、銅貨2枚ね」
屋台の店員は引き下がらない。ダグとスカイが食べていた巨鳥ルフの焼き鳥代を回収しようと躍起だ。
「くぅ!」
ダグは懐から小銭を取り出して、店員へ投げつける。店員はそれを宙で握りしめて愛想よく礼を告げた。
「ありがとよ。兄ちゃん!」
ダグは男が去った方向に振り返ったが、二人の姿はすでになく、完全に見失っていた。
「くそっ!」
ダグは思わず地団駄を踏むが、すぐに気を取り直すと、ある場所へ向かった。
「嬢ちゃん、手荒な事をして悪かったな」
ヴィゴはスカイを床へ下ろすと、拘束具を丁重に外した。
攫われる直前、ダグは嬉しそうに突然現れたヴィゴに話しかけていた。ダグがヴィゴを信頼しているのを、スカイにも分かるほどに親しみを込めて…。
「大丈夫」
スカイはヴィゴから悪意を感じ取れなかった。
「そうか?びっくりしただろう。本当に悪かった…」
ヴィゴはかなり反省をしているようだ。
スカイは周囲を見渡した。
アンカスター辺境伯の領都エルミンを眼下に見渡すクロース城。砦も兼ねていて、岩が剥き出しになった崖の上に聳え立つ。
先ほどまでエルミンの屋台でスカイはダグと立ち食いしていた。
「おい、大将には遣いを出したか?」
ぶっきらぼうな物言いでヴィゴは兵士に確認をした。緊張した面持ちで兵士は敬礼をする。
「はい、森にいらっしゃるので、そちらにご報告へ向かっております」
「ならいい」
スカイには、ヴィゴがどこかソワソワしている様子に見えた。
扉を叩く音が響くと、ヴィゴは眉を顰めた。
「あっ?」
「ヴィゴ、こちらにお客様がいらっしゃると…。この子は…」
扉を開けて顔を覗かせたのは、繊細な顔立ちをした優男だ。目尻の皺を考慮すると、恐らく、スカイの父親と同じくらいの年齢だろうか。
不思議とスカイは彼を見て懐かしさを覚えた。
「お母…さ……ま」
スカイは母のメルタを思い起こす。
スカイは自身をチェンジリングだと信じていたため、申し訳ない気持ちでいっぱいであった。だがそれ以上に、ソーン伯爵家を追い出される恐怖が先立ち、屋敷で両親と顔を合わせるのを極力避けていた。
デビュタントの前、両親はガルグイユ公爵邸へ向かう馬車を見送りにきていたが、スカイは始終落ち着きがなく、視線を逸らしていた。
スカイの記憶の中のメルタは若く美しかった。
「君は?」
男はスカイへ近寄るとマジマジと直視した。やがて閃いたというような表情で手のひらをもう片手でポンと叩く。
「スカイか!ヴィゴ、どういうことだ!あぁ、本当にお父上の若かりし頃によく似ている!」
感極まった男は、スカイの了承も得ず、両手を広げて彼女を抱きしめた。
「おい!大将が先だろうがっ!」
ヴィゴは額に青筋を立てながら、スカイを男性から引っ剥がす。
「父上なら、狩りに出掛けていてしばらく戻らないよ」
再び男は、ヴィゴからスカイを奪う。
「姪との感動的な初対面にケチをつけないでくれないか?」
男はスカイの艶めく髪に手櫛を入れた。
スカイの瞳からスッと一筋の涙が頬へ伝った。
幼い頃、寝かしつけてくれていた母の記憶が蘇る。メルタはスカイが眠りに就くまで、ずっと傍らで頭を撫でてくれていた。
「ああ、ごめん。嫌だったかい?」
「ち、違うの。お母さまを思い出して」
男はキョトンとした顔で首をかしげる。その仕草は中年であるのに可愛らしい。
「僕ら兄姉妹は母上に瓜二つだからね。皆、貴族らしい顔立ちをしているんだよ」
男の陽の光に照らされた金髪が揺れる。
ヴィゴは自分の髪を豪快に乱した。ダグにも同じような癖があるとスカイは思った。
「あのな…。お前、まだ名乗ってないぞ。スカイ嬢ちゃんにとって、まさしく不審者だ。あっ、オレもか…」
「そうだったか?それは申し訳なかった。僕の名前はヴィルヘルム。ヴィルヘルム・アンカスターだ。君の母のメルタは僕の妹だから、僕は君の伯父になるね」
二人の会話からヴィルヘルムの正体を推測していたスカイは頷く。
「オレはヴィゴ。アンカスター辺境伯騎士団の副団長で、嬢ちゃんと一緒にいたダグの養父でもあるな」
スカイは頭の片隅で、ダグの養父は放浪癖があって、戦場の猛者だと話していたことを思い出した。
黒髪に鋭い眼差しの偉丈夫。
なるほど、ダグの話していた養父だったのだとスカイは納得した。
「君の話は聞いているよ。大変だったね。よく頑張った。生きていてくれてありがとう。けど…。話ではふっくらしていると?スカイは全く太ってないじゃないか?」
穏やかだったヴィルヘルムの口調に怒りの感情が含まれていることをスカイは感じ取った。ヴィゴは呆れた様子でヴィルヘルムへ告げた。
「誇張だったのかもな。ほらっ、貴族っていうのは折れそうなほど細いご令嬢ばかりだろう?実際、フィオナの嬢ちゃんも大将が思わず抱き締めたときにポキッといくんじゃないかって…」
ヴィゴの話だとヴィゴはフィオナに会ったことがあるようだ。スカイは口を挟む。
「私は太っているよ。それにフィオナに比べて私はずっと醜いし…」
「「はぁ?」」
文字通り鬼のような形相のヴィゴと、どこにその殺気を隠していたのかと思われるヴィルヘルムが、同時にスカイへ振り向いた。
「どこのどいつだ。そんなこと抜かしたのは?あぁっ!」
ヴィゴは低く唸った。
「まさかっ!あの裏切り者のダグか?」
腰の剣を今にも抜きそうなヴィルヘルム。
「ダグはそんなこと言わない。けど、ダグが裏切り者?」
ダグに似つかわしくない言葉の響きに、スカイは唖然とした。




