残されたもの
嘆きの森でラグナルまでもが忽然と消えてしまい、現場は騒然としていた。
だがその翌日、足を捻挫していたものの、ラグナルはすぐに発見された。一人の少女に騎士隊の陣営近くまで送ってもらったのだと、彼は説明した。
「では、足を見せてくださいませ」
天幕へ運ばれたラグナルの足を騎士隊の専属医師が慎重に確認する。腫れは引いており、骨に異常は見当たらなかった。
薬剤を包んでいた布地が床に落ち、それを拾った騎士が告げた。
「ハンカチです…。荊棘の刺繍が施されている…。これは…ソーン伯爵家の紋章です!」
「何だと!」
捜索隊に派遣されたアンカスター辺境伯騎士団の副団長であるヴィゴは愕然とした。
「それは、この森の小屋で治療を受けたときのものだな?」
ヴィゴが鬼のような形相で詰問したため、ラグナルはたじろいだ。
しかし、昨夜の記憶を脳裏に浮かべ、ラグナルは恍惚とした表情で話し始めた。
「あぁ、小さな小屋だった。彼女は大きめのシャツの袖を捲し上げ、オレのために湿布薬を調合してくれたのだ」
明星が浮かぶ空のような深い青色の瞳には芯の強さが滲み出ており、無愛想ではあったが、甲斐甲斐しく世話をしてくれるその姿は実直であった。
「貴族子女のような嫋やかさはなかったが、生気のみなぎった凛々しく聡明な女性であった。彼女がいなければ、まだ森を彷徨っていたかもしれない」
うっとりと両手を前で組むラグナルを横目に、ソーン伯爵家所属の騎士は告げた。
「我々は隅々まで嘆きの森を探索いたしましたが、建物など一つもありませんでした」
「うっ、まさか!そんなっ!」
ヴィゴは唸りながら呟くも、待機していた側近に指示を出す。
「小屋は魔法陣等による結界に護られている可能性がある。今すぐアンカスターへ隼を飛ばせ!魔法師を手配しろ!」
ソーン伯爵家、ガルグイユ公爵家にはお抱えの魔法師はいない。王都であれば手配可能かもしれないが、それよりもアンカスター辺境伯の魔法師の方が優れている。
「それから、ソーン伯爵家にもすぐに伝令を…」
ラグナルは少女の容貌を思い起こす。
瑞々しい健康的な肌に一切できものはなく、しなやかな筋肉のついた肢体は全く浮腫んでいなかった。
「いや、あんなに自信に満ちた少女がスカイであるはずがない。気品があり、それでいて勇ましく…。そう、まるで戦士のように美しかったのだ」
ラグナルは青ざめた。
人違いでソーン伯爵家の人々をぬか喜びさせたくはない。フィオナの落胆ぶりを想像するだけで胸が痛かった。
「探していた本人が目の前にいたというのに、貴様の目は節穴か!」
ヴィゴは大声でラグナルを叱責する。
以前のスカイの容姿をヴィゴは知る由もなかったが、ラグナルが語る少女の姿は、彼が慕う主の孫の容姿と重なった。ラグナルが出会ったのは、スカイに間違いない。
「いや、あれはスカイではないんだ!」
弱々しくもまだ反論するラグナルに、ヴィゴは呆れてものも言えなかった。
だが、ラグナルの心配は違った方向で的中する。
ソーン伯爵家はヴィゴの一報で歓喜に湧いていた。
スカイは生きている…。
スカイの生存に希望を持ち、もうすぐ会えるのだと家族は信じていた。
そしてその夜…。
一通の手紙がフィオナのもとへ届く。
闇夜に紛れて綺麗な白い羽根の梟が、フィオナの部屋の窓ガラスを嘴で叩く。
静かな部屋に硬い音が響いた。
フィオナが窓を開くと、梟は室内を一周し、鉤爪で掴んでいた手紙をそっと離した。窓の縁に留まるとクルリと梟は首を回した。
フィオナは不安に駆られつつ、受け取った封筒を切った。
それは、失踪した姉スカイからの手紙だった。スカイは文字を習い始めてまだ間もない。文章はたどたどしかったが、筆跡から一生懸命に書いたのだろうと伝わる。
それを一読し、フィオナはその場で泣き崩れた。
「お父様も、お母様も、お姉様を愛していたのに…。全てが遅かったんだわ」
フィオナは溢れる涙を止めることができなかった。
羽ばたきが耳に届き、フィオナが窓へ目を移すと、カーテンが揺れる。
梟は月が浮かぶ夜空に飛び立っていく。その姿が遠く見えなくなるまで、フィオナはずっと空を仰いでいた。
フィオナへ
帰らなくて、ごめんね。
私はいつもフィオナの優しさに甘えた。
私のことは忘れて。
お父様も、お母様も、フィオナのことは愛しているから、これからはお二人を支えてあげて。
私を探してくれてる皆さんにもごめんなさいとお伝えしてね。
今日、私はこれから旅に出ようと思っているの。色んな場所を訪ねたいのよ。やっと息ができるようになったから。
どこにいても、フィオナの幸せを祈っています。フィオナ、いつまでも愛しているわ。
そして愛してくれてありがとう。
さようなら。
【本編終了】
外伝へ続きます。
もうしばらくお付き合いくださると幸いです。




