旅立ちの決意
「お前、何してんの?」
ダグが隣国ダンヴァースから戻ってきたたとき、スカイはダグからもらったリュックへ必要最低限の荷物を詰め込んでいた。
ダグが視線を移すとテーブルの上に二通の封筒が並んでいた。
「ダグ!帰って来たの?おかえりなさい!」
ダグの声に振り返ったスカイは満面の笑みを浮かべた。
ダグは愛しさを感じて、不意に微笑みを返した。
「ウルリカ王女との決着がついたからさ」
隣国ダンヴァースでは、国王の寵愛を受けた第二王女ウルリカが、好き勝手な振る舞いをしていた。
勇者ダグの魔族討伐もその一環だ。
その理由は…。
美しい魔王を自分の愛人にしたかった。それだけだ。
馬鹿げている。そのようなウルリカの気まぐれに、民は振り回され疲弊していた。
そこで、ダグは人間に無害なチェンジリングを解く薬を精製し、うまく騙してウルリカに飲ませ、入れ替わりの妖精だと暴いたのだ。
「へぇ、それは何?」
ダグは両手に大きな包みを抱いていた。ピンク色の大きなリボンで飾られている。
「あぁ、この包みか?スカイにずっとオレのお下がりを着せていただろう?街でスカイの服を買って来たんだ」
「えっ、私の服なの?嬉しい」
ダグの言葉にスカイは純粋に喜んだ。
その様子に満足したダグだったが、スカイがまだダグの質問に答えていないことに気づき、眉間に皺を寄せ、再び尋ねた。
「で、お前は何してんの?」
「ああ、ダグ。ごめんなさい。ここを出て行こうと思って」
スカイは一つに束ねた髪を弾ませながら、軽く答えた。ダグは後頭部を掻いた。
「何だ、急だなぁ?何があった?」
ダグから受け取った贈り物の包装紙を慎重に広げながら、スカイは告げた。
「ラグナルに会ったの」
ダグは怪訝そうな面持ちで、椅子を引くと腰掛ける。
「ラグナル?確か…お前の婚約者だったか?それで?」
スカイは目を輝かせながら、白いシャツ、鮮やかなグリーンのテーパードパンツ、黒の編み込みブーツを包みから取り出す。
「私だと全く気づかなかったんだけどね。誰かにそのことを話したら、私がここにいるってバレるのも時間の問題かと思って」
白いシャツを身体に当てて、スカイはクルクルと踊るようにその場で回った。
ダグは頬杖をついて、その光景を眺め、スカイも女の子だなと改めて思った。
「結界あるけどな」
「そこが問題なんだよ。あるべき場所に小屋がなかったら疑うでしょ?普通」
ダグの言葉にスカイが意見を述べる。一歩先を見据えるスカイは聡い。
家の周囲に張ってある結界は高名な魔法師でなければ解くことはできないが、魔法師であれば、その存在を感じ取ることはできる。
捜索隊に魔法師はいなかったので、今日まで小屋を隠し通せたのだ。
「なるほど…。で、奴は結界内に入ってこられたのか?」
「…」
信頼の置けない人物をダグ所有の小屋に招いたことにスカイは罪悪感を覚えた。
ラグナルを小屋に泊めたことを、どうしてもダグに言えず、気まずそうな表情でスカイは黙り込んだ。
空気を察したダグは話題を変えた。
「なぁ、これの宛名、オレになっているけど読んでいい?」
並べられていた封書の一つにはダグの名前が書かれている。
「あっ、うん。ちょっと目の前でダグに読まれるのは恥ずかしいけど」
ダグは開封すると便箋を取り出し、無言で読んだ。目頭が熱くなるのを感じて、ダグは思わず顔を上げた。
「それで、家には戻らないのか?」
「戻っても、私の居場所はないもの。だから、私はこの世界を自分の目で見てみたいの。おかしいかな?」
ダグの涙に気づくことはなく、スカイが尋ねると間髪をいれず、ダグは返答した。
「いや、おかしくない。けど、せめてオレの帰りを待ってくれてもいいだろう?」
「いつ、帰るか分からなかったし。ダグの家のものは持ち出してないよ。ダグからもらったナイフとか弓とかは持っていくつもりだったけど…。あと、この服も…」
ダグの買ってきた服をスカイはギュッと胸元に引き寄せた。
「貴族令嬢の家出とはほど遠いな」
ダグの口調は呆れていたが、眼差しは穏やかだった。
「私は貴族令嬢じゃない。ただのスカイだよ」
「それにしても、寂しいだろう?それじゃ、オレが」
ダグの言葉に驚いて、スカイは目を伏せる。ダグが寂しがるなどと考えもしていなかったようだ。
「ごめんなさい。いっぱい迷惑かけたのに」
「いや、そこは気にしていない。まぁ、じゃあ、オレも荷造りしようかな」
「えっ?」
悪戯っぽい視線を投げかけるダグに、スカイは明らかに動揺していた。
ダグにとって、この森の滞在は必要な薬草を採取するためであった。
今後の気掛かりはスカイのことだけだ。
「目的は果たしたから、ここにいる理由はないし。ところで、お前、一人で生きていけると思っているのか?」
「ダグに一通りのことは教えてもらったよ」
スカイは衒いのない視線をダグへ向けた。
「それは森での生活な?ここを出たら、教えたことだけじゃ足りないことがあるんだよ。例えば、宿屋の泊まり方?」
「野宿すればいいじゃない?」
ダグは鼻で笑った。
「ふっ、野生児に育て過ぎたな。あとは、買い物するのに金はあるのか?」
「買い物?金?」
ダグの指摘にスカイは首をかしげる。
「そう、交渉して安くするとかさ」
「…知らない」
「だよな?スカイにはまだオレが必要。決定事項、オレと旅する」
ダグは断言した。
群青色の夜空のようなスカイの瞳が潤む。星が瞬いているかのようだ。
「いいの?」
「いいのも何も、家族みたいなもんだろう?」
「でも、私の両親は私を必要としなかった」
ダグがスカイの頬を両手で挟み込んだので、スカイは必然的に唇を尖らせた。
「まぁ、家族の形って色々あるからさ。血の繋がりを慈しむ家族もあれば、時間が他人を家族として育ててくれる場合もあるし。まぁ、オレら出会ってから日が浅いけどさ。オレはすでにスカイの兄ちゃん気取りよ」
スカイは抵抗してダグの両手を掴んだ。
「ダグ」
「何だ?」
「ありがとう」
スカイが小声で呟く。二人はお互い照れたように笑い合った。
テーブルの上には、拙い文字でスカイの想いが綴られた手紙が無造作に置かれていた。
ダグへ
今まで本当にありがとう。
ダグがいつも私を見守ってくれてたから、私は私として生きることができた。
初めてだったの。
誰かに守られるって、こんなに居心地がいいんだなぁって思ったこと。
短い間でしたが、私の宝物のようなひとときをくれたダグが、大好きです。
さようなら。




