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捨てられた伯爵令嬢が旅に出るまで  作者: 礼三


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2/7

デビュタントでの醜態

 スカイはある事件をきっかけにソーン伯爵家の領地にある屋敷へ引きこもっていた。両親はそれを許していたが、娘が年頃となると、いつまでもそうはいかない。

 成人女性として社交界に認めてもらうためにも、デビュタントへの参加が必要だった。


「お姉様、体調はいかがですか?」


「大丈夫」


 まったく平気そうには見えないスカイを妹のフィオナは気遣う。ドレスを握りしめて緊張しているスカイの手にフィオナは両手をそっと重ねた。


「無理をせず、公爵夫妻へご挨拶をしたら、一緒に家へ帰りましょうね」


 スカイを一人で参加させるのに不安を覚えたソーン伯爵夫妻は、スカイのデビュタントを二年遅らせ、妹と一緒に行かせることにしたのだ。


「けど、フィオナのデビュタントでもあるのだから、ダンスをあんなに練習していたではないの?」


「それはお姉様もでしょう?私のことはお気になさらずとも良いのですよ」


 馬車はガルグイユ公爵邸へ向かっていた。

 彼女たちの家門であるソーン伯爵家はガルグイユ公爵家と懇意にしている。

 本来であれば、高位貴族の娘たちは王宮で開かれる夜会で初めてのお披露目をするべきなのだが、父アムスンドはスカイのためにガルグイユ公爵家でのデビュタントを決めた。

 領地も隣同士であり、母のメルタとガルグイユ公爵夫人は姉妹で仲も良い。


「貴女はいつも優しいのね」


 フィオナは、姉の目から見ても綺麗な少女だ。花のように綻び、精霊のように尊い希有な存在である。

 金波のように煌めく緩やかな髪を揺らし、溌剌とした薔薇色の肌を引き立てる、ほんのり赤い唇からフィオナは告げた。


「だって、私はお姉様が大好きですもの」

 

 星の瞬く夜空を思わせる瑠璃色の瞳。しかし、そこに映り込むスカイの姿は…。


「着きましたわ…」


 ガルグイユ公爵家へ招かれた貴族たちの馬車が並んでいた。ソーン伯爵家の馬車はその列を横目に通り過ぎていった。

 

「よく来たね。フィオナ嬢」


 会場の入口で待っていたラグナルが、ソーン伯爵家の荊棘の紋章が入った馬車を認めて駆け寄る。清潔感のある短めの黒髪がサラサラと夜風に零れた。

 馬車の扉を開けて姉妹の降車を促すフットマンを押しのけて、ラグナルはフィオナへ手を差し伸べた。


「お姉様をエスコートしてくださいまし!」


 不貞腐れた面持ちでフィオナは強い口調で窘めるも、その仕草でさえ愛らしく感じているラグナルは気にも留めていなかった。


「ああ、そうだけど…。君が先に降りないと、スカイが降りられないよ」


「…」


 ラグナルの介添を渋々ながらフィオナは受け入れた。ラグナルはスカイに見向きもしなかった。

 その行動を予想していたフットマンは、スカイが馬車から降りるのを手伝った。


「ガルグイユ小公爵は仕事で遅れるらしい。なので、フィオナ嬢のエスコートをオレが頼まれた」


 誇らしげに胸を張るラグナル、彼はアルフォード子爵家の次男である。

 アルフォード子爵家は武人を多く輩出している家門で、ラグナルも逞しい体躯をしており精悍な顔立ちをしていた。黄金の眼差しは王家の血筋の証で、彼の母と国王は腹違いの兄妹であった。


「はっ?貴方はお姉様の婚約者ではありませんか!」


 フィオナは絶句した。

 本来であれば、従兄であるガルグイユ公爵の嫡男トルステンがフィオナをエスコートするはずだったのだ。


「けど、先にスカイを連れて行き君を残せば…。分かるだろう?君の容姿は目立つんだ。変な輩に絡まれたりでもしたらな?その点、ほら、スカイはあの容姿だし…」


 ラグナルは不躾な様子で冷ややかな眼差しをスカイへ向ける。


「何を仰っていますの?いいかげんにしてくださいませんこと?」


「ガルグイユ小公爵も遅れるが必ず来ると言っていたしな。待てるだろう、スカイ?」


「だからっ!貴方は…」


 実際、ラグナルはスカイの婚約者である。しかし、親同士が勝手に決めたこの婚約にラグナルは反発していた。


「いいのよ、フィオナ。私は」


 スカイは小さく呟いた。

 フィオナは頭を左右に振る。微かに金色の光が軌跡を描いた。


「お姉様!私もお従兄様(にいさま)がいらっしゃるまで、ここにいますわ!」


 ラグナルが無言でスカイに圧をかける。

 ラグナルは王女であった母親の威光を盾に、社交界では傍若無人に振る舞っていた。誰も彼を止められない。


「貴女は一度、攫われそうになったのだから、会場の方が安全でしょうし…。ねっ?私を安心させて」


「ですが!」


「スカイもああ言っていることだし」


 最後までフィオナは抵抗したが、当事者であるスカイは諦めている。

 フィオナはラグナルに会場へ連れられて、スカイは玄関ホール前で一人で立ち尽くしていた。

 長蛇の列をなしていた馬車もいつの間にか消えていた。

 小さな水滴がドレスからはみ出した腕へと落ちる。空を仰ぐと月は隠れており闇が広がる。屋根はあるものの、風で雨粒が飛んできたようだ。


「スカイか?」


 スカイが振り返ると、眉をひそめ、様子を窺う長身の男性と目が合った。

 ソーン姉妹を子守してくれていた幼かった少年、その頃の面影が少し残っていた。

 ガルグイユ小公爵のトルステンは呆れたように尋ねる。


「私のパートナーはフィオナだと聞いていたが?」


「それが…」


 スカイが寒さに震えているのを察し、トルステンは急いでスカイへ手を差し伸べた。


「まぁ、いい。身体も冷えているだろう。早く中へ入るぞ」


「はい」


 格式高い舞踏会では大階段の上で入場者の名前を読み上げるのが習わしだ。デビュタントを迎える淑女たちはこの瞬間に心を躍らせる。

 だが、最近まで邸宅へこもっていたスカイには酷なことだった。顔も青ざめている。

 トルステンは執事に名を呼ぶのを控えるよう命じた。

 それでも、この屋敷の嫡男であるトルステンの登場に招待客は注目する。


「ったく…。お前の婚約者はどこにいるんだ?」


「お従兄様(にいさま)、私…。ガルグイユ公爵夫妻にご挨拶を…」


 スカイの言葉にトルステンが辺りを見渡すと、両親が多くの客と歓談しているのを確認した。


「もう少し、人が離れてからにしよう。父も母も姪が遅れてきたぐらいで怒るような人間ではない。ここで待っていなさい。お前の婚約者を探してくる」


 トルステンは侍従を呼び止め、心細げに壁の花と化したスカイへ、何か温かい飲み物を用意するように指示して、その場を離れた。


 その間、周囲の人々は、ガルグイユ小公爵に伴われて現れた令嬢は一体何者なのか、推察していた。

 食事制限に厳しい貴族令嬢には珍しく小太りで冴えない容姿、額には汗が浮かび、顔は肌荒れと吹き出物が目立つ。

 浅葱色のドレスは流行にも遅れていたが、はみ出した二の腕の丸みを強調してしまい、彼女には似合っていなかった。

 貴族たちから、スカイはこの会場にそぐわない者と認識された。


「何だ!遅かったじゃないか!」


 そこへラグナルがフィオナの手を繋ぎながら、千鳥足でスカイの前へ転がるように進み出た。フィオナは手を振りほどこうと必死にもがいていた。

 

「ははっ、お前は本当にこの場所にふさわしくないな!」


 会場内の客たちの心の声をラグナルは代弁する。

 フィオナはカッとなってラグナルの腕を拳で殴っていたが、びくともしない。

 

「オレとも全く不釣り合いだ。そうだ、オレはフィオナが好きだ!ソーン伯爵家の娘ならフィオナでも構わないじゃないか!スカイ!お前とは婚約破棄だ!」


 ラグナルは声高に叫んだ。その言葉にスカイはよろめいて倒れそうになる。

 侍従が運んできたトレイにぶつかり、その中身は宙を飛んで辺りに散った。

 トルステンがスカイのために頼んでいたホットチョコレートだった。


「「「きゃーーーー!」」」


「何するのよ!」


「私のドレスが!」


「この日のために素敵なものを選んだのに!」


 文句を言われ、怒ったり、泣き出してしまう令嬢たちに囲まれてスカイは怯え、逃げるように会場を飛び出した。

 騒ぎに気づいたガルグイユ公爵と戻ってきたトルステンは慌ててスカイを追いかけた。

 玄関前の車寄せには、なぜか一台だけ馬車が残されていた。

 動揺していたスカイは何の疑問も持たず、停車している馬車へ駆け込んだ。すると、すぐさま馬車は発車した。

 

 そして、その後…。

 スカイは行方知れずとなったのだ。

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