捨てられた伯爵令嬢
※この話には一部、暴力や流血の描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「お前さえいなければ、オレは好きな女と一緒になれたのに!お前さえいなければ、こんなに落ちぶれることはなかった!」
深い森の中、スカイはただ身を縮めてうずくまっていた。青臭い草の匂いと湿った土の匂いが混ざり合い、木々に茂る葉の先から無数の露が垂れ落ちる。地面はぬかるみ、スカイのドレスは泥にまみれていた。
社交界デビューのために仕立てた浅葱色のドレスが茶色く染まっていく。
舞踏会場から馬車に乗り込み、気づけばこの森へ置き去りにされていた。
そこに佇んでいたのは見知らぬ男…
「私は…そんなこと知らない…」
震えながら言葉を発するだけで精一杯だったが、激しい雨音でかき消された声は男には届かない。
涙でスカイの頬は濡れていたが、全身を激しく雨に打たれていて、涙か雨粒か判別がつかなかった。
「お前さえ存在しなければ、オレの未来は輝いていたんだ!」
叫んでいる男の薄汚れた服と鎧を見て、冒険者ではないかとスカイは推測したが、誰なのか分からなかった。
前髪の隙間から鋭い眼光が覗き、顔は整っているように見えるが、髭面で髪は伸び放題に乱れていたため、全貌がつかめない。
スカイは今日まで十年間、引きこもっていた。誰かの恨みを買うなど考えられない。それでも、男は半狂乱になって、スカイの髪を掴むと引っ張った。
髪が数本むしられる感覚に、スカイは悲鳴を上げた。
「いっ、痛いっ!やめて!」
「ははっ、すぐに痛みなど忘れるさ。お前はここで死ぬんだからなっ!」
異様なほどギラついた男の視線が否応なしにスカイへ突き刺さる。
スカイは自身の髪を握りしめて抵抗するも、男の力が強すぎて、そのまま水たまりへ身体を引きずられた。
勢いで飲み込んだ水がスカイの口内に広がり、ジャリッと嫌な音がした。
「死ねよ!死んでオレに詫びろっ!」
男が剣を振りかざす。掲げられた切っ先が鈍く光った。
スカイは目を瞑った。真っ暗な闇の中、思い出すものは何もなかった。
(そうだ、誰も私を助けてくれないんだもの…。私は…)
「ぐはっ!」
突然、自分の身体にかかった重みで、スカイはそっとまぶたを開く。
泥水が赤く濁っていた。視界が赤い水滴でぼやける。
遠くの草むらへ剣が投げ出されていた。理由が分からず、スカイは起き上がろうと地面に手をつくが滑ってしまった。
だが、その拍子にスカイの上に重なっていた何かが転がった。
それは虚ろな眼でこちらを向いた。先ほどまで狂気を漲らせていた男だった。
腕は力なくしなだれ、肩から血が流れ落ちていく。
スカイは白目をむいて、再び地面へ倒れ込み、意識を失った。




