満月とユニコーン
草原は静謐に満ちていた。白詰草の群生地、スカイは夜空を仰ぐ。
光の粒子で艶やかに揺れる森のような深い緑の髪。一筋、風に遊ばれて頬にかかり、スカイは指で払った。星空のような群青色の瞳の中で丸い月が浮かぶ。
隣には白い毛並みが銀色に煌めく、しなやかで逞しいユニコーンが一頭。
美しい情景を目の前に、ダグは苦笑いを隠せなかった。
「十六夜にユニコーンが踏んだ嘆きの森の白詰草から四つ葉のクローバーを探し出し、そこから咲いた花を摘んでくる」
ダグが嘆きの森へ移住した目的はそれだった。
半年前から満月の夜に何度も白詰草の群生地へ足を運んだが、ユニコーンに遭遇することはなかった。ダグが清らかな乙女の存在を失念していたからだ。
六回目の挑戦の今日…。
ユニコーンを探すついでに、体力の回復したスカイを散歩へと誘った。
まさか、ユニコーンが現れる条件にスカイが必要だと思っていなかった。
「ダグ…。どうしよう?ユニコーンが離れてくれない」
スカイは小声でダグに問いかける。
夜の帷が落ちて、辺りは静けさに包まれていたので、小さくてもスカイの声はよく通る。
ダグはユニコーンの蹄に蹴散らされた白詰草を確認して、隠していた自身の気配を解き、そっとスカイへ近づいた。
ダグの存在を察知して、ユニコーンは嘶く。ダグに向かって脚を高くあげると、迷いもせず踏み込んだ。
「だっ!ダグ!」
ダグは慌てもせず、飛び上がりながらユニコーンの攻撃を軽く躱した。身を翻しながら、ユニコーンの鼻元へ粉を撒く。
バタンッ!
ユニコーンは瞬時に倒れた。
「えっ?」
スカイの青褪めた様子を見て、ダグは肩を上げた。
「あっ、眠らせただけさ。聖獣を殺すわけないだろう。薬師に貰っていた対ユニコーンの眠り薬」
スカイは安心したように吐息を漏らす。
「びっくりした」
「びっくりさせた」
ダグの返答にスカイの頬が解ける。
ダグはスカイの変化に少なからず驚いていた。
ダグの庇護のもとで暮らし始めて一ヶ月、スカイは見る間に変化していた。
規則正しい生活、食事だけでも、人は随分と変わるものだ。スカイの無駄な肉は少しずつ削がれていき、身体つきも引き締まっていった。
「スカイが清らかな乙女で良かった」
咄嗟に本音が出て、ダグは珍しく軽率な失言だったかと反省する。
怪訝そうな表情でスカイは答えた。
「えっ?私は清らかな人間ではないよ。だって…」
ダグはスカイが処女であることを示唆したのだが、純粋なスカイは気づかない。
それどころか、まだ、侍女頭の呪いの言葉に縛られているのだと思うとダグの心は痛んだ。
「まだ、自分がチェンジリングだなんて思っているんじゃないだろうな?」
「だって…」
スカイは頼りなさそうに眉根を寄せる。ダグはスカイの髪をグシャリと乱した。
「良かったな。お前はチェンジリングじゃない」
「ダグは優しいから」
断言するダグに、スカイは不服そうに頬を膨らませる。彼女は長年、世間から閉ざされた世界にいたせいか、少し仕草が幼い。
「あのな。今日、ユニコーンはお前へ近づいていったんだ」
「あ、うん。そうだね」
夢見心地のユニコーンを横目にスカイが頷くと、ダグは空を見上げて手で目を覆った。
「はぁ」
「何か悪いことを言った?」
ダグのため息にスカイは不安になった。ソーン伯爵家で過ごした日常で、スカイはいつしか周囲の人間の顔色を窺うようになった。
息をひそめて、誰かの注目を集めないように…。
ダグは出会うまでのスカイの生活を知らなかったが、スカイのその癖を見抜いている。ダグは肩をすくめた。
「いや、スカイは何も悪くない。ユニコーンは人間の乙女にしか興味がないんだ」
「?」
「お前がチェンジリングだったら、ユニコーンはここに現れなかったってことさ。ユニコーンに人間だと認められたんだよ。おめでとう」
ダグの言葉にスカイは枷から解放される。胸の奥から込み上げてくる何かが目から涙を押し上げる。
「お前、本当に涙もろいよな」
ダグはギュッと胸にスカイを包み、背中を優しく叩いた。
ダグはチェンジリングを解く魔法薬を作るためにこの森へ来ていた。
ユニコーンが踏むことで出来る四つ葉のクローバーに咲く花を摘み、ハチミツ漬けにする。それをチェンジリングした妖精へ飲ますと正体を現すのだ。
隣国のウルリカ王女の正体を晒すために…。
近いうちにダグはこの森を離れなければならない。
腕の中の温もりを感じながら、スカイを一人あの粗末な小屋へ置いていくべきか、ダグは深く悩んでいた。




