表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「侯爵夫人を5年演じた私が離縁を決めたら、今さら愛していると言わないでください」  作者: マサキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/57

第五十三話 アーデル家の決断【ソフィア視点】

第五十三話 アーデル家の決断【ソフィア視点】


 父から手紙が来たのは、王都に戻って十日後だった。


 エミリアの町で受け取った手紙より、ずっと長かった。几帳面な文字が、便箋二枚にわたって書かれていた。


 ソフィアは書斎の窓際に座って、ゆっくりと読んだ。



 最初の半分は、近況だった。


 アーデル伯爵家の屋敷の庭に、今年も薔薇が咲いたこと。母が少し体調を崩したが、今は回復していること。弟が家の仕事を手伝い始めたこと。


 そして後半に、本題が来た。


 ソフィアが王都に戻ったことは、王都の知人から聞いて知っていること。自分の意志で戻ったことも。それを聞いて、安堵したこと。


 それから、こう続いていた。


 父として、一つだけ伝えておきたいことがある。お前がヴァルト侯爵家に嫁いだのは、アーデル家のためでもあった。その重さを、父は軽く考えていなかった。お前が五年間、完璧な侯爵夫人を演じていたことは、アーデル家のためでもあったと思っている。だから、離縁を選んだとき、父は責めなかった。お前はアーデル家のために十分すぎるほどのことをした。


 今、お前がヴァルト侯爵家に戻ったことについて、父は一つだけ確かめたい。それはお前自身が選んだことか。アーデル家のためでも、周囲の目のためでもなく、ソフィア、お前自身のために選んだことか。


 そうであれば、父は何も言わない。ただ、お前の幸せを願う。


 ソフィアは手紙を、もう一度読んだ。



 目が熱くなった。


 泣くまいと思ったが、今日は止めなかった。父の手紙で泣くことは、恥ずかしくない。


 一粒だけ、涙が落ちた。便箋の端に、小さな染みができた。


——お父様。


 五年間、実家からの手紙に当たり障りのないことしか書かなかった。心配させまいとして。アーデル家の娘として、完璧でいようとして。


 でも、父は気づいていた。ずっと、気にしていた。


 そして今、一番大事なことを聞いてくれた。


 お前自身のために選んだことか、と。



 その日の夕方、返事を書いた。


 長い手紙にしようと思っていたが、書き始めると、短くなった。伝えたいことが、一つに絞られたからだ。


 父上へ。


 自分のために選びました。アーデル家のためでも、周囲の目のためでもありません。私がそうしたかったから、そうしました。


 五年間のことを、今は後悔していません。あの時間があったから、今の私がいます。ただ、もっと早く自分のために動けばよかったとは思います。その分を、これから取り戻すつもりです。


 母上のご回復をお祈りしています。弟によろしく伝えてください。


 いつか、アーデル家の薔薇を見に帰ります。


 ソフィアより。


 書き終えて、読み返した。


 これでいい、と思った。飾りがなかった。本当のことだけが書いてあった。



 封をしてから、セイルに話した。


 夕食の食卓で、父から手紙が来たこと、返事を書いたことを告げた。内容は詳しく話さなかった。でも、一つだけ言った。


「父が、自分のために選んだことかと聞いてくれました」


「何と答えた」


「そうだと」


 セイルは少しの間、黙った。


「……アーデル伯爵に、礼を言いたい」


「礼を?」


「そういうことを聞ける父親のもとで育ったから、あなたはああいう人間になった。その父親に、礼を言いたい」


 ソフィアは少し驚いた。


 セイルが、こういうことを言う人になった。


「……手紙に書いておきます」


「直接言いたい。いつか、伺う機会があれば」


「あります」


 ソフィアは、はっきりと言った。


「いつか、一緒に帰りましょう。アーデル家の薔薇を見に」


 セイルが、ソフィアを見た。


「……ああ」


 短く、でも確かな返事だった。



 夜、ソフィアは窓から外を見た。


 王都の夜空は、星が少なかった。灯りが多いせいだ。エミリアの町の夜空とは違う。


 でも、どこかに同じ星がある。


 アーデル家の屋敷でも、父が今夜どこかの窓から、同じ空を見ているかもしれない。


——いつか、帰る。


 薔薇を見に。父と母と弟のいる場所へ。今度は一人ではなく、隣に誰かを連れて。


 その日を、楽しみにしていいと、今日初めて思った。


 窓の外の夜空が、静かに広がっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ