表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「侯爵夫人を5年演じた私が離縁を決めたら、今さら愛していると言わないでください」  作者: マサキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/57

第五十一話 社交界の噂【ソフィア視点】

第五十一話 社交界の噂【ソフィア視点】


 王都に戻って一週間が経った頃、社交界から招待状が届き始めた。


 ソフィアが王都に戻ったことは、すぐに広まったらしかった。王都は広いようで狭い。侯爵夫人が戻ったという話は、一日もしないうちに社交界に流れた。


 招待状は三通来た。茶会に、夜会に、昼食会。どれも、面識のある貴族家からだった。


 ソフィアは三通を並べて、少し考えた。


 以前なら、全て出席していた。侯爵夫人として、欠席することは原則なかった。断ることは、角を立てることだと思っていた。


 今は違う。


「どうするつもりだ」


 セイルが聞いた。書斎から出てきて、食卓に並んだ招待状を見ていた。


「一つだけ、出席しようと思います」


「一つ?」


「茶会だけ。あとの二つは断ります」


 セイルは少し目を細めた。驚いているのか、別の何かなのか、今のソフィアには少し分かってきていた。これは、驚きだった。


「角が立つかもしれない」


「立つかもしれません。でも、全部出席することが、今の私には必要ではない。茶会のお相手は、五年間本当によくしてくださった方だから、そちらだけ伺います」


 セイルはしばらく黙った。それから、短く言った。


「そうしろ」


 命令ではなかった。同意だった。



 茶会は、翌々日だった。


 相手は、グレイス伯爵夫人だった。五十代の、品のある女性だった。ソフィアが嫁いできた頃から、何かと気にかけてくれていた。社交界では珍しく、裏表のない人だった。


 屋敷に伺うと、グレイス夫人は両手でソフィアの手を取った。


「戻ってきてくれてよかった。心配していたのよ」


「ご心配をおかけしました」


「心配するのは当然でしょう。あなたが王都を出たと聞いたとき、どれほど——」


 グレイス夫人は少し目を潤ませた。それから、ソフィアをまじまじと見た。


「でも……いい顔をしているわ。前より、ずっと」


「そうですか」


「前のあなたは、完璧すぎた。綺麗だったけれど、どこか遠かった。今日のあなたは、ここにいる感じがする」


 ソフィアは、その言葉を静かに受け取った。


 ここにいる感じ。


 仮面がなければ、人にはそう見えるのだと分かった。



 お茶を飲みながら、グレイス夫人が言った。


「社交界では、色々な噂が出ているわ。知っておいた方がいいかと思って」


「聞かせてください」


「ヴァルト侯爵夫人が離縁して王都を出た、という話はすぐに広まった。その後、侯爵が後を追ったという話も。そして今、戻ってきたということも」


「どんな風に言われていますか」


 グレイス夫人は少し間を置いた。


「二種類ある。侯爵が追いかけて連れ戻した、という見方と……夫人が自分の意志で戻った、という見方と」


「後者が本当です」


「私はそう思っていた。あなたの顔を見れば分かる」


 グレイス夫人が、少し声を低くした。


「あなたがどう過ごしてきたか、詳しくは聞かない。でも、一つだけ言わせてほしい」


「はい」


「よく戻ってきた。自分の足で」


 ソフィアは、その言葉に少し目が熱くなった。泣くまいと思った。でも、この人の前では少し泣いてもいい気がした。


 目の端が、少し滲んだ。


「ありがとうございます」


 グレイス夫人は何も言わなかった。ただ、ソフィアの手をもう一度、静かに握った。



 帰り道、馬車の中でソフィアは窓の外を見ていた。


 王都の石畳が、午後の光を受けていた。行き交う人々。馬車の音。以前は当たり前だった景色が、今日は少し新しく見えた。


 社交界の噂は、これからも続くだろう。色々なことを言う人が出てくるかもしれない。連れ戻されたと思う人もいるだろう。


——でも、私は知っている。


 自分の足で戻ったことを。自分の言葉で答えを出したことを。


 それは、誰にも変えられない事実だった。


 噂は噂のまま流れていく。ソフィアはその中に立って、揺れない。


 仮面なしで、王都に立つ。それが、これからのソフィアだった。


 馬車が屋敷の門に近づいた。


 門のそばに、薔薇の香りが漂っていた。


 庭の薔薇が、まだ咲いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ