第五十話 レイナの末路【ソフィア視点】
第五十話 レイナの末路【ソフィア視点】
王都に戻って三日が経った。
屋敷の生活は、以前とは少し違った。同じ廊下を歩いて、同じ食卓につく。でも、空気が違った。重さが違った。仮面をかぶっていないだけで、同じ場所がこんなに違うものになるとは思っていなかった。
マリアも屋敷に戻っていた。カトリーナと並んで仕事をしている姿を見て、ソフィアは少し胸が温かくなった。
その日の午後、王都の知人から手紙が届いた。
社交界の端に出入りする女性からだった。エミリアの知り合いでもある、あの人だった。
手紙を開けると、短い近況と、最後に一つの話が書いてあった。
レイナ・フォン・アルヴァについての話だった。
帰国したレイナは、アルヴァ公爵家での立場を失いつつあるという。父公爵の体調が優れない中、王都での外交が成果を上げなかったことへの批判が、家の中で出ているらしかった。さらに、王都での振る舞いについて、複数の貴族家から苦情が入っているという話も。
社交界での計算が、最終的に自分に返ってきた形だった。
ソフィアは手紙を読み終えて、静かに置いた。
哀れだとは思わなかった。
だが、可笑しくもなかった。
自業自得、という言葉が浮かんで、浮かんだまま、使わなかった。
レイナという女が何を考えていたのか、今でも全ては分からない。計算があったことは確かだった。だが、計算だけではないものが、どこかにあったかもしれない。そこまでは、ソフィアには分からない。
分からないことについて、決めつけるつもりはなかった。
——ただ、終わった話だ。
第三十五話でエミリアに言った言葉を、今日また思った。
レイナのことは、終わった話だ。これ以上、心の中に場所を作るつもりはない。
ソフィアは手紙を折って、机の引き出しにしまった。
夕方、セイルに話した。
庭の前に並んで立っていたとき、ソフィアは手紙のことを告げた。内容を詳しく話すつもりはなかった。ただ、こういう話が届いたということだけ。
「……そうか」
セイルは短く言った。表情は動かなかった。だが、少し間を置いてから、続けた。
「俺のせいでもある」
「レイナ様の末路が?」
「あの人が王都で何をしていたか、俺は途中から気づいていた。気づいていて、目を向けなかった」
ソフィアは少し驚いた。
「知っていたのですか」
「全部ではない。だが、計算があることは、薄々分かっていた。それでも、楽だったから、流れた」
セイルは庭を見たまま、続けた。
「あの人がどうなろうと、俺の責任の全てではない。だが、一部は俺が招いたことでもある」
ソフィアは、その言葉をゆっくりと受け取った。
責任を認める言葉だった。言い訳をしない言葉だった。こういうことを、今のセイルは言える。
「それを、私に言う必要はなかったかもしれませんが」
「言う必要があると思った。あなたに関わることだから」
ソフィアは頷いた。
「聞きました。受け取りました」
「……ありがとう」
セイルが、礼を言った。こういう場面で礼を言う人ではなかった。でも今日は言った。
二人は庭を見ていた。
薔薇はまだ咲いていた。盛りは少し過ぎたかもしれないが、まだ十分に美しかった。花びらの端が少しだけ茶色くなり始めているものもあった。でも、それが自然だった。
——花は、散り際も美しい。
そう思いながら、ソフィアはレイナのことを、もう一度だけ考えた。
あの人が王都で笑っていた顔を思い出した。社交的な、計算の上の笑顔。でも、もしかしたらその笑顔の裏に、計算だけではないものがあったかもしれない。
それでも、ソフィアの人生に戻る場所は、レイナへの同情ではない。
ただ、終わった話として、静かに置いておく。
それだけでいい。
「セイル様」
「何だ」
「この話は、今日で終わりにします。もう持ち込みません」
「分かった」
「あなたも」
「ああ」
二人して、レイナの話を今日で終わりにした。
庭の薔薇が、夕風に揺れた。盛りを過ぎても、香りは変わらなかった。
むしろ、少し深くなった気がした。




