8.勇者アーシャ
『あの・・・私、魔王と戦わなくていいんですよ・・ね?』
妄想と現実の狭間で、私の頭が導き出した答えは一笑に付されてしまった。
エーリクはたしかに私の膝枕で眠っていたはずなのに、どこから起きていたのか・・・
おまけに、
「存外子供っぽいのだな、アーシャは」
とか言われて。
「違います!」
ムキになって否定する。
それが逆効果なことに気付いたけどもう遅かった。
「勇者に憧れているのだな?」
「だから違いますってば!」
「私も昔読んだぞ、勇者が魔王を倒す物語を」
「だから、そういうんじゃなくて」
もう、なんだこれ。話を聞いてもらえないし・・・
「エーリク」
横からスヴェンが、助け舟を出してくれるのかと思いきや、
「勇者アーシャの冒険は、始まる前に終わりを告げたのです」
とか言って、今度は二人して抱腹絶倒してるし・・・
なんなの、勇者アーシャって・・・
語呂もおかしいから!
「もーー! しつこい男は嫌いです!」
思わず叫んだ。
笑い声はピタリと止んだ。
やってしまった、と言わんばかりに固まるエーリク。
調子にのって私を笑いものにしたことに今さら気が付くスヴェン。
結局のところ、落ち着いているように見えて、二人ともまだ十代の男子だ、男子・・・
「き、嫌いにならないでくれ!」
エーリクが私の腰に飛びついてきた。
勢い余ってソファの上に押し倒される。
「いやだ、嫌われるのはいやだ」
私の胸に顔をうずめて、イヤイヤってするんだけど・・・
「ちょっ、まっ」
本人、気づいてないのかもしれないけど!
すごいことになってるからね!
こっちのほうが問題なんだから!!
「ちょっ、スヴェ、ン」
なんとか助けてもらおうと声を掛けると、スヴェンは耳まで真っ赤にして固まっている。
ちょっと!?
今度こそ助けなさいよ!と思って手足をバタバタさせていると、
「っエーリク!!」
やっと目が覚めたのか、側近として仕事をしてくれた。
スヴェンが私に乗っかったエーリクを引きはがしてくれる。
私はゆっくりと上体を起こしたが、呼吸が少し落ち着かなかった。
髪も服も乱れていたので静かに整える。
その間、二人はただ黙って私を見ていた。
落ち着いたところで、
「スヴェン、ちょっとここに座ってください」
と、ソファから立ち上がってスヴェンと入れ替わった。
私は反対側のソファに移り、でも立ったまま手は腰のスタイルで・・・
「いいですか、二人ともよく聞いてください」
二人は私を見上げて、「はい」と小さく返事をした。
「あなたたちはもういい大人です。
そんな大人の男性が、女性を笑いものにしていいと思っているのですか??」
私が問うと、二人は肩を縮こまらせて小さくなった。
・・・
二人とも何も言えないようだった。
エーリクはもう涙目だ。
スヴェンは私の静かな怒りを察してか、顔から血の気が引いている。
「ましてや、押し倒してその・・そのむ・む・・胸にかっ顔をうずめるなど・・言語道断です!」
言い切った!
言いながら、私自身は思い出して顔が熱くなった。
エーリクはエーリクで、あらためてさっきの状況を思い出して急に頬を染め、両手で顔を覆っていた。
「・・私は・・私はなんということを!」
「あなたもですよ、スヴェン」
私はスヴェンを指さしてきつく言い放つ。
「本来止める立場のあなたが焚きつけてどうするのです!
私でなく他の女性だったら泣かせていましたよ!」
「はいっっ返す言葉もございません・・・」
項垂れて、本当に申し訳なさそうに言った。
・・・じゃあ、私はなぜ泣かなかったの?
それはまあ、からかわれたのはちょっと嫌だったし、押し倒されてのアレはかなりびっくりしたけど、この二人についてはなぜだか全然嫌いだとかは思えなくて・・・
まだ二日目だ。この世界にきてたった二日。
昨日と今日、ただそれだけの関係なのに、なんて密度の濃い付き合いをしているのだろう・・・
泣くし、叫ぶし、説教するし・・・
私、こんなキャラじゃなかったのにな。
大人しく、目立たないようやってきたけど、本当はこんなだったのかな・・・
まあいい。とにかく、
「二人とも、何か私に言うことがありますね?」
二人とも膝の上に両手をグーで置いている。
項垂れ、肩をすぼめる様子にだんだんかわいそうになったきたから、もう許してあげる。
エーリクが、
「アーシャ、本当にすまなかった。色々、その、なんか・・・ごめっ・・ごめんなさっ」
なんだろう・・・
さっき十代男子だった彼は、今度はもっと幼い子供みたいに泣いてしまった。
お母さんに怒られた、みたいな・・・?
あー、これ、大丈夫かな・・・
今さらだけど、王子様泣かせたらダメなんじゃないかな?
とか思っていると、スヴェンが、
「私も調子に乗ってしまいました。どうかご無礼をお許しください!!」
と言って、膝につくほど頭を下げた。
その時だった。
「兄上とスヴェンが叱られてる!」
「兄上が泣いてる!」
と後ろから声がした。
ビックリして振り返ると、ドアの隙間から小さな男の子が二人、トーテムポール状態で顔をのぞかせていた。
髪色はエーリクより濃いブロンドで瞳の色はタンザナイトの青紫。
そっくりの双子だった。
私があまりに驚いて固まっていると、
「悪いことして先生に叱られたんだ!」
「スヴェンまで先生に叱られたんだ!」
とか言って、クスクス笑っている。
兄上って言ってたから弟達なのよね?
でもって『先生』って、私のことだよね・・・?
エーリクはやっと状況をのみ込み、慌てて涙を拭いていた。
スヴェンは気まずそうな顔をして「ちがっ」とか言っている。
「そうだ、母上に報告だ」
「そうしよう、母上にお伝えしよう!」
そう言って、二人は楽しそうに走り去って行った。
「あ、こらっ!待つんだ二人とも!!」
とか言いながらエーリクが慌てて後を追う。
部屋から出る時、いったん振り返ると、
「アーシャ、この詫びはあとで必ずする」
と言い残して飛び出していった。
「アーシャ様、すみません!
私もちょっと行って参りますので・・・」
と言って、スヴェンもペコリと頭を下げて追いかけていった。
静かになった執務室には私ひとり。
母上に報告とか言ってたけど、母上って王妃様だよねー・・・
王子様相手に叱りつけて、泣かせて・・・
『勇者アーシャの冒険は、始まる前に終わりを告げたのです』
って、あながち間違ってないよね・・・
私って怖い物知らずだったんだなとか思って途方にくれていたら、
「アーシャ様」
ドアからエマが入ってきた。
迎えに来てくれたと思って安心してたら、
「叱って頂いてありがとうございます」
と頭を下げられた。
それから、「しつけがなっていなくて申し訳ありませんでした・・・」とも。
ん?
エマがスヴェンの母親であり、エーリクの乳母であると教えてもらったのは部屋に戻ってからだった。




