7.あの後・・・ ~ERIKS SIDE~
儀式の間は静寂に包まれていた。
伴侶殿は泣き疲れて、私の腕の中で眠ってしまったのだ。
目の前には美しい黒髪。
頬を寄せると、花のように甘い香りがした。
ああ、名前はなんと言うのだろう・・・
眠り込む彼女を横抱きするために、膝裏に手を差し入れようとした瞬間、
「私がやりましょう」と言って、スヴェンが声をかけてきた。
我が伴侶殿に触れていいのは私だけだ。
そう思って睨みつけると、スヴェンはいたずらに口角を上げた。
そんなことは最初からわかった上で言ってやったという顔だ。
はぁ・・・
「からかうな」
「いえ、ちょっと反応が見たくて」
それをからかうというのだろう?とはあえて言わない。
スヴェンは乳兄弟だが学年ではひとつ上だ。このたった一つの差がいつだって大きくて、ヤツは私を弟扱いするのだ。
気を取り直して伴侶殿を抱き上げた。
彼女がずっと大切そうに胸に抱いていたものが落ちそうになった。
「スヴェン」
声を掛けると、ヤツが素早く手で受け止めた。
それは木製の額縁に飾られた姿絵と、小さな木箱だった。
これは・・・
姿絵は驚くほど鮮明で、まるでそこに本物の人間が映り込んでいるかのように見えた。
しかし、私とスヴェンが息を呑んだのはその技法についてではない。
そこに描かれている、女性の姿に驚いたのだ。
「どう思う?」
スヴェンに問うと、「これは・・・我が国の王族に見えますね・・」と答えた。
そうだ。その通りだ。
瞳はもちろん、彼女の髪色は私とほぼ同じ色をしているし、何より長髪の王族が伝統的によくやっている片側に編み込む髪型までも私と同じではないか・・・
いったいどういうことだ。
これなら伴侶殿が私を見て『おかあさん』とついこぼしてしまったのにも頷ける。
「まさか・・・」
記憶のどこかで引っかかるものがあった。
私はこの人をどこかで見たことがある。
「なにか心あたりが?」
スヴェンが不思議そうに問う。
それもそのはず、今現在、女性の王族は、母上以外では祖父の妹である大叔母様だけだ。
「ハーラル豪奢王の離宮だ」
あそこには歴代の王族の肖像画が飾られている。
スヴェンは私の返答にその答えを見つけて目を見開いた。
「しかし年齢が・・・」
と呟いていたが、とにかく確かめるほかに手はない。
「スヴェン、すぐに肖像画を手配しろ。彼女の名前はカーレン・リヴ・マリアンネ」
つまり先代だ。
しかし、伴侶殿の瞳は黒かったな・・・
父君に似たのだろうな。
王族の瞳の色は確実に遺伝する。
それは王女が降嫁してもその子供の代までは必ずそうなる。
あれで瞳が青紫色だったならば確信を持てたのだが・・・
***
伴侶殿を客間に運ぶと、ベッドの上に寝かせた。
いや、一回降ろそうとしたのだが、無性に離れ難くなってもう一度胸に抱きよせてしまった。
顔をよく見てみる。
長いまつ毛がなんとも愛らしい。
まつ毛まで黒いのか・・・当たり前のことに感動してしまった。
泣きはらして目の周りが赤いので、後でエマに治癒魔法をかけさせよう。
その小さな鼻先に自分の鼻先で触れてみた。
愛しい、もっと触れていたい・・・
薄紅色の唇にこのまま口づけてもいいだろうか・・・
そう思った時だった。
「王太子殿下?」
スヴェンが止めた。
いつもは呼び捨てのくせに、こういうときだけあえて敬称で・・・そういうヤツだ。
そうだ、私は王太子だ。
伴侶殿の許可なく口づけるような不届きものであってはならない。
咳ばらいをひとつして、何事もなかったかのように彼女をベッドに降ろした。
本当は着替えさせてやればいいのだろうが、判断はエマに任せよう。
エマに用意させた女性が好みそうな布を使って、伴侶殿の大切に抱いていた姿絵と小さな木箱を包んだ。
木箱は掌に乗るほど小さなものだが、職人の手による素晴らしい作品だった。
ふと、わずかながら内部より魔力が漏れ出ているのを感じた。
ん?
振ってみると、何か入っている音がする。
しかし、開け方がわからない。
一見蓋のようにみえたそれは蓋ではないのか、引っ張っても開かない。
なにか仕掛けがあるのかもしれない。
伴侶殿が目覚めたら、機会をみて尋ねてみよう。
私はもう一度ベッドに近づいて、彼女の額に口づけた。
「おやすみ、伴侶殿」
今度は彼女が目覚めている時に、唇へのキスを請うてみよう。
***
客間を出て、控えていたエマに伴侶殿を任せた。
私とスヴェンは執務室への廊下を歩いている。
「兄上」
さっきの仕返しでスヴェンをそう呼んだ。
「どうした弟よ」
ヤツもそう返した。口元が笑いをこらえているのがわかった。
くそ、こうなったら隠すのも癪だ。
「教えてほしい。
伴侶殿が愛しすぎて自制が効かなくなったらどうしたらいい??」
真剣にヤツの顔を見つめて言った。言ってやった。
「ブハッ」
スヴェンが噴き出した。それから、肩を組んできて、
「それはまぁ、これから酒を飲みながら教えてやろうではないか」
などと偉そうに言った。
非常に不本意だが、ヤツはこんな時も頼りになる。




