15.幸せのはじまり
いい匂いがする。
お日様みたいな、あたたくて優しい匂い。もっと嗅ぎたくて近づいたら、ぎゅって抱き込まれて・・・頭にチュッてされ—――た??
「アーシャから頬を寄せてくれるとは・・・朝からどうしてくれようか?」
・・・え?
えーっと、今はいつでここはどこだっけ??
どうも頭がポーっとするんだよね。たしか昨日はほら、お披露目パーティとかやったんじゃなかった!?
お母さんのテスタメンテの魔法に二人からのメッセージ・・・
それからたくさんの人と話して、そうそう、こちらの世界では成人しているからって皆さんにワインをすすめられて・・・甘いのとか、フルーティなのとか美味しくて・・・・・・で、寝ちゃった?
「そんな顔もまた愛くるしいな」
エーリクがまた胸に私を抱き込んで頭にキスをする。
目の前には薄い夜着を身に着けただけのエーリクの胸板があって、つまり私はそこに頬を寄せていたわけで・・・
「っきゃあああああー!!」
とりあえず、声をあげた。
ビ、ビックリした、いや今もしてる!
「アーシャ、急に驚かしてくれるな」
「エーリク! なななんで、ここに?」
ってあれ? ここ、どこでしょうね?
ガバっと起き上がり見回してみるけど、私に用意されてた部屋ではない・・・ということは、あれですか? 王太子殿下のお部屋なのではないでしょうか・・・?
ハハハ、これは一目瞭然だ。落ち着いたブルーグレーが基調になっていて、決して派手ではないし、装飾も華美ではない。けれど、そこに必要かな?っていう細かーいところまで凝った彫刻が施してあったり、カーテンだってこれ何とか織っていうヤツだよ、絶対・・・
呆然とする私を見て、エーリクはただクスクス笑っている。肘枕の姿勢で、私を見上げるエーリクの
これまた画になることと言ったら・・・
「あの、私、なにかご迷惑をおかけしたのでしょうか?」
二日酔い? とか、そういうのじゃないと思うの。だって、あまり飲んでないもの。ちびちび飲んだし、初めてのお酒だったからって気を付けたもの。
ただ、とっても嬉しくて、楽しくて、ちょっと陽気な気分になった覚えはあるんだけど・・・
「いや、アーシャはとても愛らしかったな、よく笑っていて。頬をバラ色に染めながら、その私と揃いの瞳を潤ませて見つめてくる様など、今思い出してもたまらなくなる」
あー・・・
揃いの瞳って・・・王族みんなお揃いですけども、そこ突っ込んだほうがいいのかな?
「少しワインを飲んだら眠くなってしまったようでな、私が責任をもってベッドまで運んだ」
ほう、責任をもってご自分のベッドに・・・
「変なことは・・・?」
「もちろんしていない。当たり前だ。いくらアーシャが愛しいといえども、同意なく肌を重ねるような馬鹿な真似はしない」
なんか、少しアレな表現が出てきましたけど、何もしてないならいいのかな、この場合セーフだよね!?
「ただ、その滑らかな肌に少し舌を這わせたり、珊瑚色の唇にそっと口づけるくらいはしたかもしれないが・・・」
「し、舌って!!? 私が・・寝てる間に?」
「だって仕方ないだろう。とても可愛らしいと思って眺めていたら、その・・・なまめかしい声を漏らしながら寝返りをうつものだから、私も・・多少持っていかれたというか・・・ちょっとだけ?」
そう言って私の胸元を指さした。
私は自分に着せられたネグリジェのような夜着の胸元をめくってみた—――ああっ!!
キスマーク・・・!??
胸のふくらみかけた部分に、赤くお花みたいな&%&%$’%$???
いやもう、アウトだよね!?
だって、胸っ見られたよね??
「エーリク!!」
私は涙目になりながら、思わずエーリクを睨みつけた。
「待て、いや、別にやましい気持ちでしたわけないんだ。その・・ちょっと・・・やってみたかった、というか・・・」
エーリクが急にしどろもどろになりながら言い訳を始める。
「もう! 勝手にこんなことしたらダメです! 嫌—―」
「いやだ!」
私の言葉にかぶせて叫ぶと、エーリクが抱き着いてきた。
「っ嫌いにならないでくれ、アーシャ。どうにも抑えが効かなくて・・・それでも耐えたんだ、本当に・・・だから、どうか嫌いだなんて言わないで・・ほしい」
—――もう! ずるいんだよ、エーリクは・・・
そうやって、綺麗な顔で! 涙目で! 私に泣きつけば許されると思ってるんでしょう??
って、本当は恥ずかしいだけで怒っているわけではないんだけども・・・
私が黙り込んでいると、
「本当は、朝目覚めたらアーシャにこれを渡したかったのだ」
と、ベッドから這い出たエーリクが、サイドテーブルに置いてあるあの小花柄のかわいらしい包みから私の大切な写真立てを取り出して渡してくれた。
「あ、ありがとう?」
なんで今このタイミングで?と不思議に思ってエーリクを見つめると、
「アーシャのご両親は私のことを認めてくださるような言葉を遺してくださった」
うん、そうだったね。
『あなたの伴侶となる人はあなたを誰よりも愛してくれる』
これは母の言葉で・・・
『きっと幸せになれるから、パートナーを信じでがんばりなさい』
これは父の言葉。
私は頭の中で、昨日の両親の言葉を思い出していた。
「アーシャ、指で父君と母君の絵に触れてみてくれ」
とエーリクが言うので、何気なしにそっと写真の中の母に触れたら『アーシャ』って母の声で呼ばれた。
「???」
私はエーリクを見つめた。だって、写真に触れたらお母さんの声がしたよ?
エーリクはただニッコリとほほ笑んで、私の肩を抱いた。
「父君にも」
そう促されて、お父さんにも指で触れると『あさひ』と父の声がした。
「な・・んで?」
不思議・・・魔法だよね?
「いつ・・の間・・に?」
視界が涙でにじんでくる。さっきまでの恥ずかしさとか、そういうの全部ふっとんでしまって、こんなサプライズみたいな・・・なんで?
「長い言葉はできなかったのだが、アーシャを呼ぶ声くらいはなんとか定着魔法でとどめることができた。だから・・・」
そう言いながら、エーリクは私の目からこぼれる涙をキスで受け止めてくれた。
「アーシャ。必ず幸せにしてみせる。だから・・・私にアーシャのすべてをくれないか?」
そう言って、私の左手をとると持ち上げて甲に口づけた。
—――もう! だから、ずるいんだよエーリクは・・・
昨日の夜より、涙がたくさんあふれてくる。
大切な二人の写真に、ぽたぽたと涙が落ちて水たまりができる。それを指で拭おうと横に滑らせたら、
『あさひ、アーシャ・・・』
二人にそう呼ばれた。
父は母の肩を抱き、二人とも幸せそうに私を見つめていた。
私はというと、泣きながらエーリクに体を預けている。
「アーシャ?」
不安げに見つめてくるエーリク。
わかってるよ。そんなの、初めから答えなんて決まってるんだからね・・・
「もう、大好きだよエーリク!」
捨て台詞のように吐き捨て、私はそのままエーリクの胸に泣きついた。
「なぜ、そんな口調で!?」
と笑いながら、エーリクは泣き止むまでずっと私の頭を撫でてくれていた。
***
この国の第1王子が、今時流行らない召喚魔法で念願の『伴侶』を得たことは瞬く間に国中に広がった。
喜ばしいニュースに国中が沸き、その後『伴侶召喚の魔法』が脚光を浴びたらしい。
さらに、女性のほうから行う『伴侶の許へ転移する魔法』が流行するのはもう少し先の話―――




